ひば

哲仁王后(チョルインワンフ)~俺がクイーン!?~のひばのレビュー・感想・評価

5.0
「ノータッチ」で一世を風靡した現代男と朝廷王妃の入れ替わり時代劇。変化球に見えた直球のフェミニズムと、絶対王政はクソ!立憲君主のグラデを取り込め!と鬼の形相した民主主義のパワー作品だった。時代劇なのにそんなアクロバティックなカメラワークがあるかなんでPOVなんだとか監視カメラ定点や、タイドラマから取り入れたようなポップなサウンド、さりげなく時代の人がにつかわしくない動きやステップを踏んでたりと現代風の調理がなされているのも笑える。現代ターンをほぼ削いだ英断が効き、ポップコーンが降る宮殿も王妃のテーマが馬の鳴き声(しかも壮大な伏線)なのもちょっと見たことないですね…

①現代男性のポストモダンな価値観
主人公は女好きチャラ男でありながら女性を代替可能のモノ扱いor自称フェミニストのステレオではないところがとても驚いた。男女入れ替わりモノで女の体に入った男は最初何しますか?胸を揉みますよね?一言目が「筋肉が脂肪になってる」なのは相当新しい。最初こそ事実上のボーイズラブ劇ではあるので己のアイデンディティ崩壊によりホモフォビア的描写に見えなくもないがなにせ人権教育がなされた時代に生まれた人物設定に感心する。かつ反権力の意識がそこそこあり知識があり柔軟性があり行動力があり狡猾でもありととにかく"賢い"姿が女性に投影されておりながらそのクレバーさが荒唐無稽からシリアスに幅広く応用する手腕がある。現職料理人の男性が女性となって女は炊事してろけど仕事にするな偉くなるなを突きつける"男性の聖域"に踏み込むことによるギャップが物語を作り、食事の幸せで勢力拡大を図る構成もよくできている。宴のテーマを考えて料理を作るほどのプロフェッショナルなので性別を理由に否定されるとキレるのも納得。女がどけば男が2人座れる論とか普通にキメてくるからな腹立つよな。綺麗に着飾ってもらえると悪い気にはならないのもかわいい。これは考え過ぎだとは思うけど、どうせ自分の身体じゃないから刹那的に生きる感じはミレニアム世代のどうせ報われないから刹那的に生きると重なっているようにも見えた。気に入っているシーンは狩りの大会に興味を持ちながらその的が人間だと知ると一気に気落ちするところ。どんな立場にあっても人の心がない王宮の暴力には胸を痛め、矢先に殺傷力がなくとも自ら競争から降り森で一人どんぐりを集める姿は素晴らしいものに思えた。また相手役の王も生きづらさを抱えながらも特権的立場から被害者面をし自分より弱い者をいじめる有害な男性性を自らが持っていることにすぐ気付く。びしょびしょに泣いてる男多いですよ

②二項対立ではない
王という絶対権力から組織が独立してないせいで全部王管轄に入るなら王が悪事してもキレ散らかしときゃ誰も調査も咎められなくね?と思いきや左右の議会以前にどちらからもさらに結託した腐臭がある建設性なき傀儡政権(軍が2つあるせいでなおややこしい)、宮中恒例キャットファイトがヘテロ男性相手なので成立しない、そもそも何故か王妃がいなければ万々歳が基盤にあり王と王妃のファイトするにも話がかち合わない。そちら方の涙のロマンスも完全なる第三者である主人公/視聴者はよく知らんので一緒に冷めた目で見るしかない。同じ服を着てるやつはグルというわかりやすいルールも最初のみで人間一人ひとりは違う。まぁ歴史を知ってたら勝つ方に味方をするのは当然であるが勝敗の前提にある善悪が掴めないまま話は進む。全てが混濁したカオスが社会だ

③現代人は旧時代を笑えるのか?
タイムトリップにおいて未来が過去を圧倒する紋切りは何度見ても笑える。現代語が通じないのは勿論丁寧な指ぬき中指立てやハイタッチが通じず頭をなでるはめになる…しかし無知を上から目線で嘲笑う構造なので意地悪でもある。逆に伝統料理や所作などと心の作用との相関は時代に育った人しか知らないのでそこでマウントもとられるのでフェアなのかも。何が貴重なのかわからないので牛乳も氷も普通の人は手にできないギャップに驚くし、この服では予めこの動きをしないと倒れるとかそういうのが大げさに心象描写で使われてるときがあって面白い。また時代の人間たちも王妃から発せられる理解不能な言動をどういう状態からどういう意味を成すのかを構築してその人なりに考え寄り添おうとする姿勢が素晴らしかった。身分差が当然の背景では現代人の普通感覚の人だから特段正しいというわけでもなく当然の"正しい"が行使されているので、例えば恋愛は幼稚だし女の扱いは祭でさえ貧相なのに肉体労働は男女平等だし。古風なノスタルジックをバカにはできても人の命の軽さが前提にあるメガトン級のスキャンダルには否応なく巻き込まれ死にかけることに抗えない。一方で時を跨いでも変わらないものはある。過度な被害妄想で崩壊する政治、寂しくて眠れない夜にはメールし、巷では浮気復讐モノが流行る。流行は繰り返すし推しカプを目の前にシッパーは盛り上がる

④キャラクター像
正直これが一番の魅力なんだろうが、やはりシンヘソン様様だ。シンヘソンちゃんがでかい声で元気に야!!!!!怒鳴ってるドラマ続けざまに見てにこにこしてるので『秘密の森』?知らないですね… なんかしゃくれてること、タメ口なアクセント、肩で歩いているなどは俄然幕開けに過ぎず、彼女の考え抜かれた男性像は女の園においてそして男性優位社会において時に誇張され時にどこか浮いてるという微々たる違和感で現れとにかくポテンシャルの高いこと。行儀が悪いと叱られるがそもそも例としては何故女だけ走るなと命じられているのかを考えるきっかけにもなる。あとプレイガールぶりにときめいたので是非ガールズラブ作品にも出てほしい。彼女の主戦場である炊事場を好意的にうろつくのが側近医者ちっちゃいお嬢ちゃんなどで、仕事柄や身分上近しい人々とネットワークを築いていくのも面白い。主役を除けば一番の功労者であり立役者であるのはチェ尚宮だろう、誰にも引けをとらない圧倒的キャラ設定で活躍する中年女性だなんてかっこよすぎる。どうしてもなんか頭に『熱血司祭』のウッタ~が響くと思ったら同一人物やん!(チャチョンファさんです) そういえばキムイングォン氏、『ただひとつの愛』でシンヘソンちゃんに脅されてて、こっちでシンヘソンちゃんにこき使われてて笑う。また、愛に生きる正義の人間のロマンスが愛を拗らせていくにつれ憎悪と密接に相関し権力を欲しホラーに変貌していく。コメディーの裏には暴力、謀略、秘密警察、共通の敵、軍支配、戦争利用…独裁者は独裁者に学ぶ常套手段の連鎖構造がかなりスマートに描かれている。一人明らかに他よりバカの挙動をしているのにバリ有能がいてそういうのは困る(しかも一番有能で使えるから使い潰されて不満が止まらないのも現代的、軍持ってるから歴史を見ればわかる通りかなり危うい存在なのにな)、使えないけど良いやつと真面目だけど融通効かないやつはどう生きればいいんですか人生は厳しい。でも銀河に一点輝く聡明爽快なバカがすべてを捩じ伏せ生き残ってて良かったです。永平君が好きですアイス落ちた顔と落ちたアイスに虫が集ってる顔しかバリエーションがない

⑤タブー
なんと近親姦の問題に否定的に踏み込んだところがある。近親"相"姦ではない目線、つまりそれは恋愛ではなく支配であり上下関係が孕む問題を明示したことにかなり驚いたし、支配する側が無自覚であることも描いていた。もう一つは韓国でかなりセンシティブな問題である自殺。時代劇においては美学を通し権力を守り抜き誇りを持って死ぬことを一種の様式美にするがそれも許さん姿勢があった。絶望し死に救いを求めることも、韓国時代劇お馴染み「殺してください」を本当に最後まで否定したことには感銘さえ受ける。ついでに冠婚葬祭もゴミだよな~も通しになってて笑った



王役の方がとんでもない大炎上をしてたのをなんとなく知ってたので見るのが憚られたのだけど、それでも内容は良かったです。そういえば18話がクリフハンガーで終わるのに予告でその後の展開を堂々と示唆してて安心感を与えるためかサービス精神あるなと思いました。見終わったらまた『ゾンビ探偵』見たくなってきた
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