ヨーク

ふたりの女、ひとつの宿命のヨークのレビュー・感想・評価

ふたりの女、ひとつの宿命(1980年製作の映画)
3.9
俺の個人的な印象では数年前のケリー・ライカート特集の辺りから映画史の中で埋もれてしまった女性監督の作品を紹介しようみたいなムーブメントが生まれて、東京都内では主にアート系の作品をよくかけるミニシアターや名画座でアニエス・ヴァルダやバーバラ・ローデンやシャンタル・アケルマンや田中絹代といった方たちの作品が上映されて再評価を集めている気がする。特に上記したシャンタル・アケルマンが英国映画協会(BFI)が発表した「史上最高の映画トップ100」で堂々の1位を獲得したことで往年の女性監督たちへの注目度というのはさらに上昇したように思う。本作『ふたりの女、ひとつの宿命』を監督したメーサーロシュ・マールタの特集上映が組まれたのもその辺の流れの中でのことなのではないだろうか。まぁ、それ自体はいいことっていうか、俺個人としては中々観る機会のない作品を映画館でかけてくれるっていうことには感謝しかないのでありがたいことなのだが、一過性の流行のようにならないことを祈るばかりですね。
さて肝心の作品の方はというと、結論を先に書くと面白かった。メーサーロシュ・マールタ作品は初めてだったのだが中々取っつきやすい感じでよかったですよ。ハンガリー出身ということで東欧の映画のイメージはちょっとアーティスティックで難解な作品が多いという印象だったのだが本作は設定も筋の運びも面白く普通に客を楽しませようとする映画ですんなりと観ることができましたね。
ただわりとパンチの効いたストーリーではあって、軽くあらすじを説明すると主人公はスィルヴィアとイレーンという二人の女性で、二人はとあるスイーツショップかなんかで出会って意気投合し友人関係を結ぶ。その内のスィルヴィアの方は既婚者で資産家っぽい夫と幸福な結婚生活を送っていたのだが一つだけどうしようもない悩みを持っていた。それは彼女が不妊で夫の子を身籠れないということ。そこでなんとスィルヴィアは親友となったイレーンに代理母を頼み、高額な報酬もあってかイレーンもそれを快諾するのだがそこから二人とスィルヴィアの夫を含めた関係が崩壊していき…というお話です。
このあらすじだけを見るとストーリーもののAVかよっていう気さえするほどインパクトがあると思うんだが、その絶大なインパクトの設定を観客が消化しきる前にぽんぽんとテンポよく物語は転がっていくので序盤はメロドラマとしてかなり面白かった。こういう設定をウェルメイド風なドタバタ喜劇として描くならウディ・アレンなんかは適任だろうと思うが、本作ではウディ・アレン風な喜劇ではなく、中盤以降はあくまで女性たちの真面目なドラマとして展開していくのだ。
そこは監督自身が女性であるということが大いに関係していると思うが、要は本作は出産のお話なんですよね。あらすじで書いたような代理母出産、しかも友人同士でのそれなんて第三者である観客から見れば「そんなの上手くいくわけねぇだろ、絶対どっかでこじれるよ」と思うし、実際映画の方でも徐々に関係性がぶっ壊れていく様を描かれるのだが、なぜスィルヴィアがそんなに焦っていたのかというと端的に言うと、出産しない女には価値はない、という周囲からのプレッシャーが激しかったからでしょう。それに耐えきれなかったから、いくら気が合うとはいえ出会ったばかりの友人に代理母になる話を持ち掛けたりしたのである。もちろんそこには二人の友情を信じる無垢さというのがあって、私たちこんなに仲良しなんだからきっと上手くいくわ! むしろ3人で家族のようになれるなんて最高! という上京したばかりの友人同士でシェアハウスに住む前みたいな甘い幻想もあったのだが、当然のように現実はそんなに上手くはいかない。
本来の妻はスィルヴィアなのに夫はどんどんイレーンの方に情が移っていき、そうなると当然スィルヴィアとイレーンの仲もどんどん険悪になっていく。その辺が理想化された妻や恋人や母といった幻想の中の鋳型に嵌められる女性の苦悩として描かれるわけである。そこら辺の描写は凄く良かったですね。独り身の男である俺でも針の筵感が凄かったので、実際に妻や母として夫や子供や親戚連中なんかの中で生きている女性たちにはめちゃくちゃ刺さる映画なのではないだろうかという気はする。
ただ本作は中々欲張りな映画で、今まで書いてきたように出産と家庭の中での女性たちの姿、という要素だけではなく他にもたくさんのドラマが組み込まれている作品なのである。実は本作の舞台は1930年代後半から1944年までの時代で舞台はハンガリー、そしてスィルヴィアの夫というのはナチスドイツの優生学思想に共鳴してユダヤ人を排斥しているハンガリー軍の将校なのである。そしてそして代理母としてその男の子を産むことになるイレーンは実はユダヤ人であった。これが本作のもう一つのドラマとして展開するのだが、正直こちらの部分は最後まであまり煮え切らない感じというか、あくまでも設定としての枠を出ない感じでドラマの中に有機的に組み込まれているとまでは言えなかったように思う。
そこはちょっと惜しい映画でしたね。戦時下における民族感情の中で葛藤する男と女、みたいな部分は思い切ってカットしてメロドラマ主体で構成した方が映画としては締まったような気もする。ただ中盤以降のギスギス感があふれる家庭内の描写の中でも妙にふわっとした越境感というか、何かちょっとしたきっかけさえあれば人は意外と簡単に家庭も国家も民族も越えていってしまうんじゃないだろうかという軽やかさもあったので、その感じを匂わせるためには民族がどうこうというエッセンスも必要だったのかもしれない。
まぁ総じて面白い映画でした。若い頃のイザベル・ユペールの美人っぷりも流石でしたね。あと今更だけど『ふたりの女、ひとつの宿命』というタイトルが格好いい!
今回の特集では本作を含めて2本しか観られなかったんだけど機会があれば他の作品も観たいです。
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