垂直落下式サミング

すずめの戸締まりの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.0
新海誠作品のなかで異質なのは、等価交換の物語ではなく、すでに何かを失っている人間が、生きる力を獲得していく物語であるという点。とてもエネルギッシュ。
前提として現実の日本を舞台にしているから、実際におこった震災で家族を失った少女に、これ以上でかい喪失はいらないという判断だったのかなあ。被災者に、それ以上を差し出せとは酷なもんだ。
既に足りないところからはじまって、家族の絆とイケメンと自己のアイデンティティをゲットして終わるのは、物語の優しさであると思う。猫は失ってたか。あいつ嫌な猫でしたけどね。
『君の名は。』が故郷に帰れない喪失を共有する物語であったのに対して、個人の都合で誰かの居場所を滅ぼそうが知ったこっちゃねえかまうもんかってのが『天気の子』だった。
そのふたつは主人公たちの主観に寄っていたのに、今回はその他大勢のために自分の人生を犠牲にするお話。主要登場人物は、日本古来の神道における人柱の役割を強いられることとなる。この役に誰を犠牲とするか、よりにもよって被災者のスズメちゃんに選び取らせる選択を迫るのは、ちょっと…。
前半のコミカルな内容から、後半のシリアスな展開への転調が、映画の深みでありエンタメでもある。不安を煽りすぎたり、過去の傷を抉りすぎてもいけないが、いずれこういう映画は出てくるだろうし、避けていてもはじまらない。偽善だろうがなんだろうが届けなきゃならなかったメッセージを、強気に打ち出していると思う。
ナンパしたイケメンが椅子になっても、本州を下から上にさかのぼっていく無限のバイタリティを発揮していく主人公のスズメちゃん。新海誠作品に出てくる美少女のなかでも、かなりガタイがいいほう。心と体が頑丈過ぎて、ぜんぜん悲壮的でない。男物のブーツにはきかえて東京を闊歩するシーンには、生命としての力強さを感じた。小鳥ってよりは、荒鷲の猛禽!
だけど、東京のシーンはまったく美しくなくて残念。ミミズが倒れたら、あんなに高いビルなんかぜんぶ崩れてきてみんな死ぬのに、まったく危機感なんかなくて、豊かさなんか表面上だけなのにへらへら生きている。
悲しみなんか、別の世界のことであるかのように、そんなものどこにもないって面をして、誰しもが町を行き交う。こんな不健全は、はやいとこ清算するべきだ。東京こそが痛みを引き継ぐべき。さっさと破壊されたらいいのにと思いながらみてたから、阻止されてしまってガッカリした。
思想モロだしテロリズム肯定の『天気の子』とは違い、暴走トロッコの進行方向を変えるレバーは、一千万人ではなくて一匹のほうに傾けられる。こんな呪術の楔に頼らずに、ドカンと東京を滅ぼせば負の蓄積が消えて心スッキリだと、僕は思いましたけどね。
僕は東京破滅論者なもんですから、創作物でくらいスカイツリーの1本や2本たたき折ってほしいのだけれど、なんか救われちゃって悔しい。ダイジンのことそんなに気に入ってなかったのに、やっぱ最後はかわいそうだと思いましたし。
どやろか、ここらで地方の痛みのほんの少しくらいでも肩代わりしてくれてもいいんとちゃうか?
ぼくの憤りというか不信感は、あんだけの人が不幸になったのに、関係ないやつはのうのうと生きてること。僕らは、なんとか幸せを波及させることに躍起になるよりも、悲しみこそシェアすべきだったと思う。
東日本大震災を絡めるのはいいんだけれど、やっぱ設定にちょっとした問題が。あの日、閉じ師はなにしとったんやってことには言及しないのか…。
このままだと、いつかは抑えきれないミミズが出てくんじゃないかと、僕の目にはどうしたって閉じ師の仕事が「問題の先送り」にみえてしまうから、やっぱりガス抜きで滅ぼした方がよかったですよ。東京を。粉微塵に。



【メモ】
エンドロールよかった。行きはギスギス帰りは快活。助手席で元気よく歌ってる女の横で、タバコ我慢しながら目的地まで。朝ウキウキ過ぎて、帰りは爆睡みたいな遠出あるあるの逆。こんな楽しそうなら、プレイリストにお気に入りいれた甲斐あるなって。ご機嫌な同伴となら、お気の済むまで何処へでもって感じです。ポテトサラダ入り焼きうどんも、とても美味しい。