ヨーク

世界が引き裂かれる時/クロンダイクのヨークのレビュー・感想・評価

3.9
ウクライナ戦争が勃発して数か月後に渋谷のイメージフォーラムでヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの『リフレクション』と『アトランティス』が特集上映されたのは去年の夏くらいだっただろうか。その後もロズニツァ作品を断続的に上映し続けているのでイメフォはやっぱえらいなぁと思いますよ。本作『世界が引き裂かれる時』もそれらのウクライナとロシア、そして東欧の映画を上映し続ける流れの一環ではあろう。こういう映画は面白いとか面白くないとかではなく、なるべく多くの人の目に触れるべきなのでイメフォは本当にえらい。
感想文の出だしをそういう感じで書き始めると、志は高いが面白くはない映画なんだな…と思われそうだが、いや面白くはありましたよ。3.9というスコアは中々面白くないと付けないからね。ただまぁ、面白いとは言ってもエンタメ的な面白さは皆無といってもいい作品なので気楽にオススメできるという感じではないのも確かなのだが。
映画の内容は実に寓話的に戦争、それも境界線上での戦争を描いたものでした。ただ本作は23年の11月1日現在でまだ継続中のウクライナ戦争を描いたものではなく、その前兆とも言える2014年のウクライナ東部のロシアとの国境地帯におけるドンバス地方における紛争を題材としたものである。その中でも特にマレーシア航空17便撃墜事件が物語の中心となる。主人公は国境近くに住む夫婦で妻の方は出産を控えているのでこれ以上戦闘が激しくなる前に村を出ようと話している。そんな折に夫婦の自宅付近に航空機が墜落。それをきっかけに親ロシア側と反ロシア側の武装勢力が一触即発となり、出産を控えた夫婦が身動きを取れなくなり無事に村を脱出できるのか、というお話ですね。ちなみに夫婦の自宅は航空機の墜落時のどさくさ(砲撃があった?)で流れ弾を食らい壁がぶっ壊れて自宅に居ながらにしてウクライナの広大な草原が見渡せるような大穴が開いてしまったという設定。
映画の尺の大半はそういう親戦争状態に置かれた夫婦のが神経すり減らしながら生活していくという非常にストレスフルなものなので上記したようにエンタメ的に面白おかしく爽快な部分は一切ない。半壊した主人公宅とその周囲をメインとしてやや舞台演劇じみた寓話性の高い状況を描き出していくというものですね。同じウクライナ人同士(まぁウクライナ人を装った所属不明という体のロシア兵もかなりいただろうが)でも主義や思想の違いで疑心暗鬼になって今にも殺し合いにまで発展しそうという状況が機械的に淡々と、長回し中心のドライで冷たい筆致で描かれていくわけです。なので印象に残る強烈なシーンが、というよりも不穏で嫌な持続感がダラダラとずっと続いていくという映画なのだが、その中で個人的に鮮烈に印象に残るのは作中の台詞で妻がぶっ壊れた自宅の壁について「戦争が終わったらこの壁を修復するときに大きな窓にしよう」というものでした。
ウクライナとロシアの国境地帯でぶっ壊れた壁を窓にしようっていう、これが非常に強いイメージを生み出す。そういえばヴァシャノヴィチの『リフレクション』でも窓は最重要なモチーフだった。要は”こちら側”と”あちら側”である。そして光の具合によって窓には像が反射するのである。そのことは『リフレクション』という映画の根幹を成す部分であったと思うが、本作では舞台が国境付近ということもありそのことがさらに生々しく、重く、痛ましく描かれていたと思う。
そこはかなりズーンと重くのしかかってきましたね。ただ、本作は非常に重苦しい作品ではあるのだが、何度も書いているようにとても寓話性の高い表現が骨子にあるのでわざとリアルな人間性とかを排除してある種の記号化を施している部分はあると思う。後半に出てくる血も涙もないような描写の兵隊たちが一番分かりやすいが、要は人間として描いているのではなく戦争の非人道性を伝えるための記号として描いているわけですね。もちろんそういう表現もアリなんだけど、ちょっと俺的にはあざといというか、安易さのある演出に行っちゃったかなという感じはした。じゃああの兵隊たちをどう描けばよかったのかと言われると代案があるわけではないのでケチをつけられるわけではないのだが…。まぁ特殊な状況下における人間のドラマを描くというよりも、その状況そのものの不条理さをある種のインスタレーションとして客にぶつけてくるのが狙いだと思うのであれはあれで効果的だったとは思いますが。
そういう感じでしたね。劇物語としてどうこうというよりもある設定下の場や状況を描いてそれに対して観客がどう思うのかを突き付けてくるという映画だと思います。なので面白いとかつまんないとかではなくてたまにはこういう作品も観た方がいいよという映画でしたね。今ならウクライナとロシアがどうこうだけじゃなくてパレスチナとイスラエルがどうこうまで考えながら観れちゃうぜ。そんなおまけ全然うれしくないし楽しくもないけどな。
途中で少し映ったひまわり畑がソフィア・ローレンとマストロヤンニの『ひまわり』を思い起こさせて切なかったです。
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