ヨーク

セールス・ガールの考現学/セールス・ガールのヨークのレビュー・感想・評価

3.8
本作の予告編かなんかで「モンゴル映画の印象を塗り替える!」みたいな宣伝文句があったんだけど、そこまで印象がガラッと変わるほどにモンゴル映画観てねぇよ、と思ったのは俺だけではあるまい。まぁ中央アジア辺りの映画は数か国が共同で出資して製作しているパターンが結構多いので、純モンゴル映画とはいかなくても数本くらいは観たことがあるのかもしれないが…。
そういう感じの謳い文句で紹介された本作『セールスガールの考現学』なのですがいざ観てみるとモンゴルがどうとかっていうよりも割とどこの国にでもありそうなコメディありつつの青春映画って感じであったと思う。そういう意味では確かにこれがモンゴル映画! って感じではなくてよくあるポップな青春映画ではあるだろう。よくある、とか言うと遠回しにディスっているようにも思われるかもしれないがそんなことはなく、映画としては特に欠点もなく面白かったです。ただよくある感じの青春ものとはいっても本作のお話で一番フックになる部分は中々お目にかかれない設定で興味を引くものではあった。
あらすじ。主人公は原子工学を学ぶ大学生なんだけど特に将来の夢とかもなくて親に言われるがままに進学した女の子で、何となくぼんやりと生きているだけという典型的なモラトリアム大学生である。そんな折友人がバナナの皮で滑って骨折したので代理でバイトに行ってほしいと頼まれる。やることもないのでOKした主人公だがそのバイト先というのはいわゆる大人の玩具を扱っているアダルトショップだった。そしてそこのオーナーのおばさんは一癖も二癖もある人で…というお話ですね。
まぁこの手のパターンの作品だとよくある展開なのだが平凡に生きてきた主人公が強烈な個性を持った変わり者の年配の人物に出会ってこれまで知らなかった世界の広さを知り、自分の可能性が大きく広がっていくという類型があるだろう。ハッキリ言って本作はまんまそのパターンの映画です。場としてのアダルトショップというのが特異なシチュエーションとしてはあるものの、上でも書いたようによくある青春ものだったというのはそういう理由からですね。ただ特に欠点もないとも書いたように主人公やその家族や友人、そして主人公の導き手となるおばさんの人物描写とかが丁寧でそつなく描かれるので、まぁなんというかあんまり使いたくない言い回しなんだけど普通に面白いっていう感じなんですよね。
内気な主人公が強烈なアダルトショップオーナーのおばさんと年の離れた友人のような関係になっていく様はいい感じでしたね。型破りな生き方をしているおばさんとのひと時の交流ものというならば少しだけ北野武の『菊次郎の夏』感もある。北野映画感というならば主人公のタバコ仲間で多分近所の幼馴染み的な関係であろうと思われる大学生なのかニートなのか分からんようなうだつの上がらない男とか最高でしたね。二人で並んでタバコ吸いながら「俺役者になることにしたわ…」とか言ってんの。そんで後日また会ったらオーディションかなんかに言ったけどボロクソ言われてムカついたから役者はやめる映画はクソ、とか言ってんの。このキッズリターンの脇役にいても違和感のないダメな奴感は最高でしたね。この辺のオフビートな会話は良かったなぁ。
大きなネタとしてアダルトショップのバイトというのがあるから性的な話題がよく出てくる映画でもあるのだが、その幼馴染み的な男との初体験(未遂)のエピソードとかも声出して笑っちゃった。基本的に欲望を抑圧しながら生きていくよりは適度な距離感を見つけて欲望と付き合っていこうねというメッセージのある映画なので性的なモチーフが頻出する割にはモラリスティックな映画でもある。
ま、そういうわけでよく出来た映画なわけなんだけど、それだけで終わるとよく出来ただけの映画だなぁ…と思ってたら途中ですげぇいいシーンが入ってきたのでそこはおぉ! ってなってしまいましたね。これ文章で書いてもあんま意味ないので詳細は書かないが、キノコ売りの親娘がバイクに乗って帰宅するシーンなんだけど、あそこ最高だったな。そのシーンのロケーションが草原なんですけどね、モンゴルだからもう見渡す限りが草原なんですよ。それがまたこれは言葉で伝えるのは無理だなっていう広がりのある風景で、そんなの観せられたらよくある青春映画だなと思ってたのが引っくり返って、あぁモンゴルの映画だ! ってなるわけですよ。あそこすげぇ良かったな。
もちろんその解放的で広大でモンゴルの原風景とも言える草原のシーンというのは自分で自分の限界を設定していた主人公の狭い世界を打ち破るきっかけにもなるわけだ。わけだが、あの風景は作中での演出的な役割がどうとか言うよりも一目で胸に突き刺さる美しさがあるので、もうそういうシーンがある映画はいい映画だと言うしかないですね。あと、個性的な演出としては劇伴として歌が流れるシーンが数度あるんだが、そのときにカメラが引くと実際にその曲を担当しているのであろうバンドがその場で演奏しているというのがあって、あれちょっと面白かったな。ライブ会場とかで演奏されているのがそのまま劇伴としても機能しているなんてのはよくあるけど、本作ではそのバンドがどう考えても不自然な道端で演奏してたりするんだよ。なんかモンゴル映画自由だなって思いましたね。
まぁ主人公の両親とかアダルトショップのオーナーとかの人物像がベタすぎるだろとかの不満点はあるけど総じて出来がよく面白かったです。あと、作中でも未成年扱いされていてロリコン疑惑を向けられかねないのであんま言いたくないが、主演のバヤルジャルガルちゃんはめちゃくちゃかわいかったですね。いやあれはかわいいよ。なんかもう娘としてしか見れないけどさ。大昔、祖父が山瀬まみに対してかわいいかわいいと言っていたがもしかしたらこういう気持ちだったのだろうか…。まぁそれはどうでもいいが映画は面白かったです。
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