垂直落下式サミング

カラオケ行こ!の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

カラオケ行こ!(2024年製作の映画)
4.5
「青春も延長できたらいいのに。」

とてもいいキャッチコピーだ。カラオケと青春は親和性が高い。昨年、友達の結婚式の三次会で半ば強引にカラオケに連行され、音痴にとっては地獄の時間だったが、ひさしぶりに友人の歌声を聴いて、つるんで女ナンパしたり、朝まで寝ずに麻雀したり、絆を並び打ちして財布のなかすっからかんにとばしたロクでもないチャラついた日々の匂いがフラッシュバックし、ちょっとだけ目頭がつんとしてしまった。
歌が上手い人生は楽しいんじゃないかな。人前で見苦しくなく歌えるくらいならいいけど、あんまりにもヘタだと、やっぱりどこかで損することがあると思う。
てなワケで、合唱部部長を務める男子中学生の聡実は、ある日突然、見知らぬヤクザの狂児から歌のレッスンをしてくれとカラオケに誘われるところから、物語がはじまる。なんでも、組長が主催する組員全員参加のカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける恐怖の罰ゲームを免れるため、どうしても歌がうまくならなければならないのだとか…。
変声期に悩む合唱部の中学生と、歌がうまくなりたいヤクザの交流をコミカルに描いた和山やまの人気コミックを、綾野剛主演で実写映画化。めっちゃ面白かったので、帰りに漫画も買ってしまった(読了)
綾野剛の芝居は、どんな人を演じても、本当にそういう人にみえてくるからすごい。とてつもなく演技がうまい。しっかりとキャラクターの内面に入れ込んで演じているし、周囲も彼の役者としての優秀さを信じて映画を撮ってんのが伝わる。
ヤニカス視点からみると、狂児のキャラクター性への理解力が高くて感心。カラオケのテーブルに常にタバコとライターを出しておくってことは相当なヘビースモーカーだろうに、聡実の前では一本も吸わない。
冒頭で、切羽詰まって雨が降ってるのに歩きタバコしようとしたり、チンピラに絡まれた聡実を助けて連れていくビルの屋上では、吸う気はないのに無意識に備え付け灰皿の横に立ってしまったり。確実に、タバコを中心に日々生活している人間の挙動なのに、中学生の前では気を遣える人なのがあざとい。
タバコまわりの小物使いも素晴らしかった。吸ってるのがマルボロってのがいい。赤マルの人って、見た目や言動に反して行儀いい常識人系多いんだよな。銘柄占いもあながち眉唾じゃないですね。ライターはよく見えなかったけど、たぶんスナックかキャバクラの名入りのノベルティだったんじゃないかな。完璧。アウトローの胸ポケットへフォーカスする解像度が高い!
もうひとつ育ち悪い系で感心したのは、名付けのエピソードの回想に出てくるジジイ。狭い団地みたいな部屋で子供をあやすヒコロヒー込みでビジュアル完璧だし、ジジイが出生届けに名前書くとき、漢字の書き順くっちゃくちゃなのも、映像化としていちいち芸が細かい。人間の性質ってのは、血筋や地頭じゃなくて、結局は環境によって形作られるってことがよくわかる。
子供に優しくて、必要以上な茶目っ気がある狂児だけれど、しっかりと性質はヤクザだからタチ悪いんだよな。愛車のトヨタ・センチュリーを、カラオケ店の入り口に一番近い位置に横付けするし、中学校の正門(裏門?)前の一車線半くらいしか道幅のないところに乗り付けてくる。やってることだけみたら、しっかりと裏街道なのに、子供が助手席に乗ったら安全運転。もう、だからあざといんだよ。
肝心のカラオケだけれど、綾野剛の紅はそこまで下手に感じなくて、中盤に出てくる組員たちのほうがヤバイの多かったから、歌ヘタ王常連のアニキが音楽教室に通いだしたからって、狂児が危機感を感じているんだってことに説得力がなくなってしまっていた。
あと、問題なのは組長のNG選曲リスト。持ち歌の氣志團はいいとして、尊敬してるサブちゃんもダメってんだけど、その割には実際の組長若くて違和感あった。そもそも、ヤクザ現役世代もあんまりサブちゃんを歌わなくなっているだろうし、演歌系がダメってだけなら、若い衆の持ち歌範囲が狭まるってワケでもないしで、あんまり切迫してない。西野カナで破門は、理不尽すぎて笑えたけど。五十代半ばの頑固オヤジが、素人は軽はずみに歌うなってくらい尊敬してるアーティストとなると、長渕とかヤザワとかブルーハーツくらいのほうが世代的にシックリくると思う。
セリフのなかで刺さったのは、変声期でこれまでのようにキレイなソプラノが出なく歌なくなってしまった聡実が悩みを打ち明けた時に、狂児が返した言葉。
「世の中キレイなもんしかアカンかったら、この町ぜーんぶ無くなってまうわ。」みたいなことを言っていた。正確に覚えてはいないけれど、たぶんこんなニュアンスのことを言っていたと思う。
観たあと買った原作には、こんなセリフなかったし、屋上のシーンがそのものがなかった。このセリフが都市開発で歓楽街がなくなる伏線になっていたり、合唱とカラオケ大会どちらを選ぶのかという聡実の最後の選択に繋がってくるのは、映画オリジナルのものだ。
誰だって、まっさらじゃない。たたけばホコリが出るし、スネは黒い。だから、三年間頑張ってきた部活で有終の美を飾るよりも、もっと大切なことがある。その人にとっては、それが大事なんだから、とやかくいうことじゃない。肉体の成長はビデオテープのように巻き戻せないけれど、黒歴史だっていいじゃない。
原作もみたうえで映画の改編ポイントが、ことごとくいい方向に作用していると思った。これまで顧問だった音楽の先生が産休で、その代理が生徒から舐められてそうな若い女の先生だったり、変に大人びたキャラクターだった和田くんがしっかりと等身大の中学生男子になっていたり、女子部員たちとの関係が希薄すぎもせず丁度よかったりして、中学生ってこんな感じだよねって、自分事に感じられる親しみやすさがGOOD!
劇場版完全オリジナルキャラの映画部の男の子は、VHS白黒パブリックドメイン系ディグラーってのが共感しやすい。この子が卒業しちゃったら廃部だろうに、ちゃんと棚にあるものを観きって、しっかりと整理整頓して卒業していくのが、なんかすごくいいなあ。しかも、ラインナップは、白熱、カサブランカ、三十四丁目の奇跡、自転車泥棒、ですって!?もう、若いのに超わかり手じゃーん!キャグニーヤバイよねっ!でも、最近おじさんになっちゃって、集中力なくなってきたから、古い作品みれないんだよな。僕に必要なのはこの子の副音声や。名画座行こ!ニチャア…