ICHI

To Leslie トゥ・レスリーのICHIのレビュー・感想・評価

To Leslie トゥ・レスリー(2022年製作の映画)
5.0

自分もいつこうなるか分からないなという、かなりの感情移入で観てしまった。

幻から現実、酩酊からシラフ、過去から今、未来の描き分けが素晴らしい。

誰しもこんな孤独を抱えうると思った。
そして主人公のように"天使"が現れることも稀であろうと。


主人公を酒に走らせていた孤独を、主人公への純粋なアイが埋めて立ち上がらせた。

苦しい場面が多いが、唯一の救いは、それまで主人公が一度も死のうとしなかった事。

過去であり"悪役"であった女性との和解のシーン、息子との再会のシーンには、グッとくるものがあった。



酒場でダンスを誘った男といい感じになれなかった時の光から影へのカメラワーク、廃れたアイスクリーム屋に隠れて裸の遠吠えを目撃した時の描写。

息子が酒をくれた隣人と殴り合いをしている時の怯えるばかりの主人公。主人公に焦点を合わせてその他を徹底的にぼかす写し方。

主人公の孤独、錯乱、主観に極度にフューチャーした作品の作りにより、前半の暗部から一転した後半の"天使"とのやりとり、光の部分が映えた。秀逸な運びと演出である。


こんなぼろぼろで惨めな状態で、アイしてくれる人っているのだろうか。

出会ってみたいものだ。

天使「人の抱えているものはそれぞれで、ぼくはきみの抱えた悩みによってバカにしたりはしないよ」
「人生はおとぎ話じゃない、もしきみが人生で失敗したと思うなら、それはきみが悪かったんだ」

主人公「わたしの人生に踏み込まないで」

というセリフがささった。
結果踏み込んだからこそ、主人公に立ち上がるきっかけを与えたのだけど..

宝くじが当たった時の、「息子の誕生日を番号にしていた」とはしゃぐ主人公の報道部分のテープ。

主人公から見た自分の"過去"と、他人から見た、あるいは主人公をアイする者から見た主人公の"過去"は見え方が違う。
人の気持ちは推し量り難いものなんだなというわかりやすいシーンの描き方だった。

変に教訓くさくならず、刺さらせたい言葉だけを厳選しているのが好ましい。

ただ、これ宝くじ関連だったんだね。
普通に2500万当たって失敗した人以外でも、普通に生きてて上手くいかなくてこうなってしまう人もいると思った。

酒にいくのか薬にいくのか、食にいくのかニートにいくのかわからないけど、少なくとも自分にはその要素があると思って、痛いほど追体験できた。

無駄に長く生きられてしまう貧富の差が激しい高齢化社会で、如実に身近に迫ってくる中年以降の社会と人生の危うさを描いていると思った。

あと、純粋に演技が上手すぎて主役キャストの他作品を観たくなった。

カメラブレは少々酔いそうだったが、動いた画を撮れるようカメラが演者に合わせていく撮影自体は、役者と流れを活かせていて好ましかった。

彼女は返してもらったトランクに閉まっていた、息子の幼い時の写真を見て我に返れた。

他人から無闇に"過去"を奪うものではないなと感じた。

最後、息子が自分の料理を最高だと言って食べてくれるシーン。

考えてみたらこれほど母として嬉しいことはないだろう。


私ごとながら、生前は母の料理よりインスタントラーメンが美味しいと言って、母を残念がらせた事も。

亡くなった後に冷蔵庫に残っていた父用のかぼちゃ煮と豚汁、親子丼を食べて感動したのを覚えている。

母の味も母の成長により変わる。
それを痛感したあの頃を、この作品のラストシーンで思い起こされた。


しかし、時に肉親や兄弟ではなく、知人でも友人でもなく、全く知らない赤の他人により立ち上がるきっかけを与えられる。

なんとも皮肉で悲しい部分を感じた。
リアルだよな。

正気を失った私を母と認識しなくなった息子が、生理的に自分を疎み、憐れみと警戒の目でしか見られなくなった悲しみはいかに。

弱った母、狂った母なんて、居ない方がいいんだ。
そう思ってしまうシーンは自分にも経験があり共感。

母って侘しいね。

母になった女性も、一人の成長過程の人間な訳で。支えてくれたり、必要としてくれたり叱ってくれたり、労ったり一緒に寝食を共にしてくれたり、そんな存在が必要な訳で。パンクすることもある訳で。

それって時には家族だけではまかないきれなくなるのかも。
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