ヨーク

ザ・キラーのヨークのレビュー・感想・評価

ザ・キラー(2023年製作の映画)
3.9
ネトフリには加入しているので待ちさえすれば自宅で見ることもできたのだが、何だかんだデヴィッド・フィンチャーの新作だしそもそも自宅では2時間もある映画を集中して見ることができないだろうということで劇場で観ることにしました。ネトフリの方では11月10日から配信開始らしいので劇場に行くのが面倒だという人はそちらで見ましょう。
とりあえず率直な感想としては面白かった。デヴィッド・フィンチャー作品の中では特に突出した傑作とかではないと思うがやっぱ映画館で観て良かったなと思うくらいには面白かったですよ。ただ本作は観る人間が作品に対してどういうスタンスで向き合うかによって大分印象が変わる作品なのではないかという気がするんだけど、俺的にはこの映画はコメディ、それも中々にシュールなコメディな映画だと思いながら観ていましたね。多分他にもそういう観方をした人は結構いるのではないだろうか。
その理由を書く前にまずはあらすじ。主人公は殺し屋で、ある人物を殺す依頼を受けるのだがミスって仕事を台無しにしてしまいます。すると依頼主が怒ってミスへの報復として主人公の隠れ家へと別の殺し屋を派遣してきます。主人公はそのとき隠れ家にいなかったので難を逃れたけれどその代わりとばかりに主人公の恋人が半殺しにされます。そのことにキレた主人公が恋人をボコボコにされた復讐として依頼主に反逆します、というもの。
お話としては実にシンプルな作りである。ミスには処罰を。そしてやられたからやり返すという報復。タイトルもシンプルな『ザ・キラー』だが内容も分かりやすいものである。まぁ殺し屋云々というのを除いてしまえば一般的な社会でもありそうなお話ですよね。んで本作は超シリアスなノワールを思わせるような雰囲気で主人公は一流の仕事人としての流儀や心構えをまるで一山いくらのビジネス系啓蒙本のような感じで延々とモノローグとして呟き続けるのだが、しかし思い出してほしい。上記したように本作の主人公は映画冒頭の最初の仕事でまずトチってしまっているのだ。
いやお前なんかさも一流の仕事人みたいな雰囲気を漂わせてるけど最初にミスってるやん! というのが肝要な映画なのだと思う。それを踏まえた上でコイツ口ではあれこれ言ってるけど二流の殺し屋じゃん! という視点で本作を観れば、あら不思議、上記したようなシュールなコメディ映画に観えてきてしまうんですね。これはきっとデヴィッド・フィンチャー的にも意識してそうしてるだろ。いやだって自称デキる殺し屋のモノローグの中では「感情で動くな…」とか言ってるくせにお前の行動全部感情的じゃねーか! とツッコまざるを得ないんですよ。大体からしてお前のミスで恋人が巻き込まれたのに雇い主に反逆を試みるとか逆ギレもいいとこじゃねーか。まずは自分の不甲斐なさを責めろ。
でもそこが面白い映画なんですよね。ウダウダと一丁前の御託を並べながらも肝心の自分自身は詰めが甘くて、大事な仕事はトチるくせに個人的な復讐ではいい仕事しちゃう辺りとか何なんだよお前はって感じですよ。雇い主的にはたまったもんじゃねーよな、コイツ。ちなみに本作に対して「デヴィッド・フィンチャー版の『ジョン・ウィック』だ」とか言ってる人がいたけどジョン・ウィックならそもそも最初の仕事をミスってないから! まぁジョン・ウィックも自分のミスが原因だとしても逆ギレしそうな感じはするが!
話を『ザ・キラー』の方に戻すと口では一流の仕事人を語るくせにそれが伴っていない感じとかに苦笑してしまう映画で、俺としてはテレビゲームにおけるいわゆるエアプ勢のような存在を揶揄したような映画かなぁと思いましたね。エアプというのはエア・ギター的なニュアンスでテレビゲームのエアプレイを表した語で、実際にはプレイしてないけど配信者とかのプレイ動画だけを見てゲームの攻略法だけは知っているような人のことですね。もちろん本作の主人公は殺し屋としてそれなりに成功している人物なのでゲームのエアプ野郎と同列に語ることはできないのだが、この映画では情報としての最適解を知っていることとそれを実践することができるかどうかは別のことなのだというようなことを言っているように思えた。古めかしい言い方をするならば、言うは易く行うは難し、ということであろう。
映画自体の雰囲気はとてもシリアスで正統的なノワール調の演出が随所にあるのだが、だからこそ主人公のヘナチョコさが笑えてくるのである。デヴィッド・フィンチャー作品でいうならば『パニック・ルーム』なんかもアドリブに全く対応できないへっぽこな強盗犯の姿に笑ってしまったが、本作も同じ系譜なのだと思う。そのへっぽこさに感情移入してしまったところはある。
俺的にはそこが面白かったですね。ネトフリで配信されたら各ポイントを見直してみたいとは思います。特に番犬ワンちゃんから必死で逃げる主人公はもっかい見たいな。あの必死さは中々笑えたので。あ、あと貸倉庫のシーンはめっちゃワクワクしてよかったな。あのシーン大好きです。
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