ヨーク

SAND LANDのヨークのレビュー・感想・評価

SAND LAND(2023年製作の映画)
4.2
ジャンプで連載時にリアタイで読んで単行本も持ってる身としてはめちゃくちゃ面白くて最高の映像化だと思ったのだが、どうも興行としてはいまいち揮ってないらしい。まぁ登場人物がジジイとおっさんと悪魔のガキだけっていうピーキーな配置とかはとても広くウケるとは思えないので分からなくもないところでもあるのだが、この出来の良さなら口コミでじわじわと客足が増えて行ってもいいのになぁとも思うんですよね。まぁそこに関しては鳥山明を育てたと言っても過言ではないマシリトこと鳥嶋和彦編集(現白泉社代表取締役だったか)の持論でもある「作家のやりたいこととできることは別」ということでもあるのだろうが…。
というのもですね、本作『サンドランド』は度々本人がインタビューや単行本のおまけページとかで語ってる通りに売れることよりも鳥山明本人の趣味、つまりやりたいことを優先してそれらを詰め込めるだけ詰め込んだ作品なんですよね。記憶が確かならばアシスタントも使わずに全編一人で描いていたはず。元より鳥山明はあまりアシスタントを使わない人ではあるが、本作はやはり特別に拘りたいところがあったのだろう。鳥嶋編集的にはその作家が「できること」というのはすなわち売れる作品を描くことであるから作家の「やりたいこと」を詰め込んだ本作は売り物としては二流であるということである。そしてその言葉通りに本作は興行的なヒットとしてはまぁイマイチな感じなので結果としてはマシリトの言を肯定せざるを得ない状況になっているわけだ。
ただ、最初に書いたように個人的にはめちゃくちゃ面白かった。いやもう娯楽映画としてはトップクラスの一品だろう、これは。登場人物も作中の機械類(主に乗り物)のデザインも鳥山明のセンスの良さが遺憾なく発揮されていて最高としか言いようがない。特に戦車だが王国軍の戦車という設定上、登場する戦車は全て同一のデザインではあるのだが細かい武装やペイントの違いで個性が出してあったり、左右のハッチの開閉ギミックといい内部の構造といいワクワクしか感じない。また人物デザインでは一歩間違えれば拒否感しか湧いてこないであろう短パンを履いたジジイというのもまったく無理して若作りしてるジジイ感なく受け入れられるように描かれている。まぁそこは思い返せば鳥山明の代表的ジジイキャラであるかの亀仙人も陽気なアロハジジイとして人気があったのだから若々しいジジイは大得意といったところなのだろう。しかし本作はそういった鳥山明の天才的なデザインセンスだけでなく物語自体やその展開の仕方、または見せ方というのも素晴らしかった。
簡単にあらすじを説明すると、舞台となるのは人間も悪魔も水不足にあえぐ砂漠の大地サンドランド、そのサンドランドのとある町で保安官を務めているラオは水辺にしか生息しない渡り鳥が南からやってくるのを発見する。その幻の水場を探すために悪魔の王子であるベルゼブブの助力を得て、人間と悪魔の水源地を探す旅が始まる…というもの。
非常にシンプルなお話ですよね。個人的には原作の連載時からずっと西部劇みたいな映画だと思っていた。馬の代わりに戦車に乗る西部劇。西部劇は大抵が移動の映画であるが本作も幻の泉を探すためのロードムービーである。そこに主人公の保安官(このワードも西部劇)であるラオの過去の因縁が重なってきて、水を探す旅は国の秘密を巡る壮大な展開へと続いていく。そこには人種の問題や国家を巡る社会問題的なものも読み取ることができる程度には仕込まれている。おそらくその辺りは鳥山明も意識はして挿入したエピソードなのだろうとは思うが、しかし本作が、そして鳥山明が偉いのはあくまでもその部分を深く掘り下げるわけではなくて匂わせるだけに留めておき、物語としては実にストレートな娯楽作品として落着を付けたことだと思う。終わってしまえば勧善懲悪の大団円。それが本作の一番の良さだと俺は思う。
やっぱ少年漫画の人なんですよね、鳥山明。そして上で本作が西部劇的と書いたが、鳥山明は年齢的にアメリカの西部劇(もちろんマカロニ・ウェスタンも)やSF映画を観まくった世代で、本作も長期連載の漫画ではなくて映画的な尺で終わらせることを前提にしてそれらの映画体験を下敷きに描いた漫画なのだと思う。少し話が戻るが、そのかつて観た映画群へのオマージュってのも鳥山明が「やりたいこと」であったのではないだろうか。そしてそういう「やりたいこと」の結実というのは本作の全体にある、シリアスな展開がありながらも軽いノリを支えてもいるし、その根本にあるのは遊びの楽しさなのだと思う。遊びというと不真面目な印象を持つ人もいるかもしれないが、本作は鳥山明がこれ以上に無く真剣に遊びながら描いた作品なんだと思うんですよね。「悪魔より悪い奴」が出てくるしそういう悪を描いた部分もあるけど、それも悪をやっつける劇として仕上げられていて、エンドロールが終わったら悪役も含めてカーテンコールに出てきそうな雰囲気があるじゃないですか。そこがこの映画の一番いいところだと思うよ。
だから楽しいんだよね。途中出てくるスイマーズとかいう一見ふざけた奴らの台詞で「スイマーズとか言いながら実は泳いだことがないんだ」というのがあって、それは笑うところであると同時に本作の切実さが表れている部分でもあるんだけど、でもやっぱスイマーズのデザインとか見たら遊んでるようにしか思えなくて笑っちゃうんだよね。それは主人公であるジジイのラオがセクシーなグラビア写真を持ち歩いているというエピソードでも同じだと思う。その辺の軽妙さと作り話としての遊び心はやはり鳥山明の真骨頂であろう。まぁ鳥嶋編集に言わせればそこはもっとオミットしてもいいところ、なんだろうけどさ。
まぁとにかく『ドラゴンボール』世代で鳥山明大好きな俺としては文句なしの映画でしたよ。原作漫画と比べたらカットされてるところもありつつより良く補完されてるところもありで良い映像化だったと思う。唯一と言っていいほど残念だったのは戦車戦の中で主人公が敵対する車両を戦闘不能にしてその敵車両とすれ違うときに原作では敬礼をしながら通過するんだけど、本作ではその描写がカットされてたと思いますね。巻き戻して確認できないから俺の勘違いの可能性はあるが、あの敬礼っていうのは本作はあくまでも殺し合いの戦争をしているわけではないということを端的に示す名演出だったと思うので、それがカットされてた(多分)のは残念であった。あとは残念というほどでもないのだが終盤のアクションシーンも概ね原作通りではあるんだけど、せっかく映像化するならもっと派手さは出しても良かったかなぁ、とは思う。
でもそこ以外はホント文句なし。この感想文中ではほとんど鳥山明に関してのことしか書いていないけど、その鳥山明の世界をここまで映像として再現した監督はじめメインスタッフは本当に素晴らしいと思います。横嶋俊久監督の名は覚えましたよ。いや本当に面白かったので少しでも興味ある人はすぐにでも観に行ってください。
最後に、本作は遊びの感じが素晴らしいと書いたが、車や戦車を運転したがる悪魔の王子とそのお付きのジジイの描写は本当に楽しそうで最高だった。「もう十分やっただろ! 早く代われよ!」って、あれテレビゲームの順番争いだよな。ほんとに楽しい映画だったよ。
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