ヨーク

わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~のヨークのレビュー・感想・評価

3.9
多分俺が今までに一番足を運んだ美術館は本作のメインである国立西洋美術館なので、そりゃまぁ面白い映画でしたよ。ドキュメンタリー映画として図抜けて面白いということはないんだけど身近で興味深いモチーフとNHK出身らしい監督の堅実な構成で全く飽きることなく最後まで観ることができた。しかしタイトルが『わたしたちの国立西洋美術館~奇跡のコレクションの舞台裏~』である。これはストレートで映画の内容が分かりやすくはあるが些か冗長に過ぎるタイトルで、国立西洋美術館・その舞台裏、くらいのサッパリしたタイトルでも良かったのではないだろうかと思った。観る前はそう思った。だけど映画を観終えるとしみじみといいタイトルじゃん、となってしまったんだな。見事にしてやられたのかもしれない。
まぁそれはひとまず置いとくとして、本作の内容はというと上述したようにタイトルからも分かるように上野にある国立西洋美術館(以下西美)のドキュメンタリー映画である。別に美術館ではなくとも博物館や動物園や、はたまた単なるお散歩でもいいけど上野公園によく行く人なら知っているだろうと思うが、西美は2020年10月から2022年6月まで建物及び前庭の改修のため閉館していた。上野公園を利用する人なら上野駅の公園口を出てすぐの右手側が工事中のフェンスで覆われていた光景を見ていたであろう。本作はその、奇しくもコロナ禍の始まりと時を同じくして始まった西美の改修中の姿に迫った作品なのである。
改修の主な目的というのは前庭が丁度企画展を行う地下の展示スペースの真上になっているのだが、最後に防水工事を行ったのが四半世紀前だというのでそろそろ整備をしなければ最悪展示室が雨漏りする可能性すらあるのでやらざるを得ない、というもの。あともう一つは、理由はよく分からないが実は西美の前庭は設計したル・コルビュジエの構想とは少し違う配置になってしまっていたらしいので、西美が世界遺産に登録されたのもあってその価値を高めるために本来の姿であるル・コルビュジエ案に忠実な前庭に作り直すということ、その二つが主な改修の理由であるらしい。
じゃあ基本いじるのは前庭とその下の防水部分だけなので館内は関係ないよね、と思ってしまうのだが工事の関係上電気系統が止まってしまうので所蔵作品のための最適な温度と湿度が保てなくなるためそれらの作品たちは一時的にお引越しせざるを得なくなる。そのバックヤードの模様などがカメラに収められているのだが、そこ面白かったですねぇ。だって美術館のバックヤードなんて関係者じゃないと絶対入れないじゃん。どんな風に作品が保管されてるんだろうとか、それを搬出搬入するときはどんな感じなんだろうとか、その辺はしっかり本作で描かれてましたからね。そこは単純に普段見られないものが見られて面白かったなぁ。
そういう普段は見られない美術館の裏側と共にそこで働いている学芸員たちや館長へのインタビューも中々豊富でそれも良かったです。修復の人たちや購入に携わる人たちや、企画展を立案してそれが実現するまでの過程が詳細にとまでは言わないがこういう場所でこんな感じで進んでいくのかぁと窺えるような作りになっていて終始興味深かったです。その中でも予算の話に切り込んでいく部分は国立の美術館ということもあって本作の中でもかなり興味深く、また各学芸員や新旧(西美は本作撮影中の21年に館長が変わっている)館長のコメントでも裏を読ませるようなスリリングな部分があるパートでしたね。この感想文は23年8月8日の未明に書いてるのだが、ちょうど半日ほど前に科博こと国立科学博物館のクラウドファンディングがニュースとして取り上げられて話題になったばかりなのだが、当然ながら西美も国立と冠されてはいるが独立行政法人である。新館長である田中正之へのインタビューで印象に残ったのが「館長として戻ってきて驚いたのは、以前勤務していた時よりも予算規模が半分近くまで減っていたこと」というものであった。トーハクが光熱費の高騰で「(ロクな予算が下りないから)このままでは国宝を守れない」と表明したことがニュースになったことも記憶に新しい。博物館や美術館といった施設が独立行政法人化されることの是非はともかくとしてもとにかく金がないのだということは本作を観ても伝わってきた。
また、予算のお話という面では企画展などにおける予算捻出のしかたも日本は欧米の美術館とは全く違うというのも興味深かった。なんでも欧米では美術館が単体で収支を賄っているのに対して日本では新聞社やテレビ局の後援や協賛という形で予算が出る形になっているらしい。それはまぁ美術館が赤字を背負うリスクがほぼなくなるという面では良い面もあるとは言えようが、その反面極端な言い方をすればスポンサーたる各メディアの収益のためにミーハーな展覧会ばかりをやる羽目にもなり、研究機関としての学術的な企画展なんかは中々ゴーサインが出ないということもあろう。その辺の内情も分かりやすく描かれていて本作の面白いポイントでしたね。そしてその予算面を描いたパートで、現館長ではなく前館長である馬渕明子へのインタビューで印象に残ったのは「独立行政法人とはいえ当施設へは税金が使われていて、そのお金で新しい作品を購入してもいる、その作品は西美のものではあるが国民皆さまのものでもあるのです」という旨の言であった。この感想文の最初にタイトルが無駄に長くないか? と書いたがさにあらず、わたしたちの、という文言は外すことができなかったのだと思い知らされたのである。
とまぁそんな感じで美術館にまつわる色々なことをあまり堅苦しくない雰囲気で観られるいいドキュメンタリーなんだけど、個人的に一番良かったのは美術館で働く人の姿が全てではなかろうが結構しっかりと描かれていて、そこは客として美術館に行ってるだけでは見えてこない部分なのでお仕事ものとして凄く面白かったですね。こういうの学校の授業で中高生くらいに見せればいいのになって思いましたよ。絵を見たり書いたりするのは好きだけど、仮に芸大にまで行っても画家なりイラストレーターなり彫刻家なり、いわゆる芸術家として生きていける人なんてほんの一握りじゃないですか。でも美術に関わるお仕事としては作品を作る人以外にもこんなに色んな種類のものがあるんですよ、というのが本作を観れば分かると思うんだよね。それは俺みたいないい年こいたおっさんよりも中高生に見せた方がいいと思うよ。そういう点でもいいドキュメンタリー映画だなぁと思いましたね。
あとはあれだな、本作で描かれている改修中の光景、特にヘラクレスが緩衝材で包まれて頭巾とちゃんちゃんこを着たように見えるシーンやクレーンに吊るされて宙を舞うカレーの市民は週1で西美に通っても見られまい。それを観たければ本作を観るしかないのだ。いやー、いいもん観れましたよ。美術関係好きな人なら是非観るべきじゃないかな。面白かったです。
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