ヨーク

私がやりましたのヨークのレビュー・感想・評価

私がやりました(2023年製作の映画)
3.9
オゾンの映画を劇場で観るのは多分10年以上ぶりくらいになると思うのだが、いや面白かったな。これは素直に面白かったですよ。
フランソワ・オゾンといえば自身の性的嗜好も含めて同性愛者たちのようなマイノリティの生き辛さや女性の本音的な題材を上手く調理することが評価された監督だったと思うが、00年代前半にそういう作風で売れてからというものは結構似たような作品が多くて個人的に食傷気味だったというのがあったんですよね。それで新作が公開されてもスルーして後でレンタルビデオでいいや…くらいになっていたのだが、いやでも今回の『私がやりました』は面白かったですよ。実を言うと近所の映画館のタダ券があったのでそれを消化するために何でもいいから観ようくらいの気持ちだったのだが、結果的にはいいチョイスだった。
お話、時代は確か1930年くらいのフランス、パリ。主人公は売れない女優と駆け出し弁護士の二人の若い女。二人は親友でルームメイトとして同居しているのだが、兎にも角にも金がなくて数か月分の家賃を滞納しており大家にあの手この手で支払いを待ってもらっているような日々。そんなある日、女優志望のマドレーヌは大物プロデューサーに招かれて彼の自宅へと赴くが、そこでいわゆる枕営業を強要されてそれを断り帰宅する。だがマドレーヌが自宅へ戻ってすぐにそのプロデューサーが死体で発見され、彼女が疑われることに。そんな状況で親友である駆け出し弁護士のポーリーヌは一計を案じるのだが、その一計というのは無実のマドレーヌに罪を認めさせ、無理矢理肉体関係を迫られた恐怖で殺してしまったという正当防衛を主張するというもの。このでっち上げストーリーに感動した陪審員たちはマドレーヌを無罪にする。そしてその事件がマスコミにも大きく取り上げられたおかげで悲劇のヒロインマドレーヌと彼女の無罪を勝ち取ったポーリーヌは一躍時の人に。しかしそこに事件の真犯人が現れ…というお話です。
このあらすじでも分かるように、まぁコメディですよね。しかも結構不謹慎というか不道徳というか、主人公たちが法をコケにして自分たちの利益のために嘘を吐くというお話なのである。しばらくオゾンの映画は見ていなかった俺だが、なんというかマイノリティ(特に性的な)のシリアスな悩みとかを取り上げるだけじゃなくてこういうブラックなコメディもできるようになったのだなぁ、と何故か上から目線で感心してしまったのだった。まぁ『8人の女たち』の時点で似た題材ではあったし、その作風を今のオゾンとしてアップデートしたという感じでもあるのだろうが。
しかしこのお話が面白かったのはオゾンの手腕が優れていたということはもちろんあるのだが、時勢的にいいタイミングだったなというのもあった。いや、オゾン自身はそんなことは全く意識していなくて完全にただの偶然だと思うのだが、本作のお話を見てたらやっぱどうしても昨年のジャニーズ問題とかまだ渦中にある松本人志のスキャンダルとかを思い起こしてしまうわけですよ。社会的強者が弱者を搾取しているが弱者の側がそこにカウンターをかます、という構図の物語はよくあるが本作はモロに芸能界が舞台だし、その中でも性的な搾取が取り沙汰にされるのである。
繰り返すがオゾンはジャニーズにしろ松本にしろ意識はしていないというか、多分どっちのことも知らないんじゃないかと思うけど、こっちとしては絶妙なタイミングで観てしまったな、とはなるわけですよ。ただ、本作で面白いのはそういう時事ネタ的な部分だけでなく、これも上記したことではあるが本作の主人公である二人の女性が正義とは言えないようなでっち上げの元に自身の利益を得るというお話なのが良かった。というか本作の面白さの核はそこだよなって思いますね。
2人の主人公はか弱い女性という立場を強調してその上で”悲劇のヒロイン”という属性を身に纏い、大衆の同情を買ってそれを利益へと変えていくわけだが、本作ではそれをいわゆる女の武器として肯定的に(ブラックではあるがコメディとして)描く一方で、明らかにそこにある不正というのも描いているのである。物語の中盤以降に事件の真犯人が現れてからマドレーヌとポーリーヌが慌てるのは、当然ながら自分たちが嘘によって不正に基づく利益を受け取っているという自覚があるためである。そこにあるオゾンの女性への目線というのが良いですよね。マイノリティとしての女性への共感がありつつも、自ら進んで弱者の立場としてそれを利用する姿には明らかに軽蔑も感じていると思うんですよね。もちろんそこにはオゾン自身のセクシュアリティの問題もあろう。その点はきっとファスビンダーの影響もかなり強いとは思うが、本作は女性というものに対する愛憎の両輪が非常によく回っていて尚且つ笑えるというのがよく出来た映画だったんですよ。そこで重要なのはシリアス一辺倒ではなくて笑えるっていうことですね。笑いってのは、少なくとも意図して笑わせるというためにはそれを対象化して客観的な視点が不可欠ですから、本作においてオゾンは女というものの力強さもずる賢さもちゃんと引いた目線から見てそれを表現しているわけですよ。
そこがちゃんとしてる映画なので、それは面白い映画でしたよ。個人的には主人公たちが不正によって成功した後に雇ってたメイドが最後に雇い主のやり方から学んで…みたいな展開を期待したんだけど、尺の問題かそれはなかったですね。ウディ・アレンならそこまで描いたんじゃないかなと思うけど。ついウディ・アレンの名を出してしまったが、そういやウディ・アレンも性的なスキャンダルで干されていたしちょっと連想するかもしれないですね。あと本作は非常にテンポがよくて次々と物語が展開していくのも飽きずに観られて良い。その点もウディ・アレンっぽい作風なのであぁいうコメディ映画が好きならきっと本作も気に入ると思いますよ。
いや面白かったな。本作で結構見直しちゃったので次のオゾン作品も劇場で観ちゃうと思うわ。
ヨーク

ヨーク