ヨーク

枯れ葉のヨークのレビュー・感想・評価

枯れ葉(2023年製作の映画)
4.0
アキ・カウリスマキは好きな監督なので作品も8割くらいは見ていると思うのだが、それでいくと本作『枯れ葉』はまぁ大体いつものカウリスマキだなという感じでした。間違いなく面白い映画ではあったけどね。
しかし本作は12月15日からの公開なんだけど俺が観た新宿のシネマカリテでは公開日である金曜からの週末だけじゃなく平日の午後の回でも満席を連発しているらしいのだ。俺が観たのは17日の日曜日だったが、全ての回が完売になっていたと思う。カウリスマキの新作は00年代以降の『過去のない男』からこっちは全部劇場で観ているがこんなに客が入っていたことは無かったと思う。
ま、客が入ってるのは大いに良いことなので全然いいんですけど、絶賛の嵐みたいな感想を見ていると(いや…カウリスマキは昔からこれくらいの映画は普通に撮っていたけどな…)とも思ってしまうのである。その辺は”俺は古参ファンアピールしたいんだぜ”的なファンの悪いところでもあるのでスルーしていただいて結構なのだが、カウリスマキ作品を何本か観てる人にとってはまぁ本作はいつもの感じという映画だったと思いますよ。
お話はヘルシンキが舞台で、主人公は中年くらいの労働者階級の男女。女の方は大手と思われるスーパーマーケットで働いていたがしょうもない理由で解雇されてしまう。男の方も職場でも隠し持った酒を飲んでしまうようなアル中野郎でそのことが発覚するたびに職を転々としている。そんな風にどっちかというと確実に社会の底辺寄りな男女が出会って、何度もすれ違いながら恋愛関係になっていくというお話である。
実にカウリスマキなストーリーじゃないですか。こういうの他にもあっただろ。ていうか大まかな筋は違えどノリとしては『浮き雲』とか『街の灯り』にそっくりだったよ。そして演出もまぁ大体いつもの感じ。気取らない無骨ささえ感じる人物を真正面からバストアップで撮る画とか、現代が舞台だからパソコンとかスマホもあるはずなのにそれらが全然有効活用されないばかりかラジオや場末のカラオケバーがメイン舞台になるという迸る昭和感とか、乾いた映像の無常な風景の中にあるヒューマニズムとか、社会的には弱い立場で寄る辺の無い男女とか、まぁ他にも色々あるが完全にいつものカウリスマキ作品である。
だからぶっちゃけそんなに言うこともないんだよな。長年のファンである身としては「相変わらず良かったです」くらいしか言うことがない。まぁ細かい部分ではおっと思うところはあったよ。本作ではラジオのニュースが要所要所で流されるのだが、それはウクライナ戦争の趨勢を伝えるニュースなんですね。フィンランドは歴史的にロシアの影響を大きく受けてきた国なので今行われてる戦争にも思うところは多いだろうし、作中でハッキリと「酷い戦争」と言われてるようにカウリスマキはウクライナ戦争に反対する姿勢を見せる。それ自体は全然いいんだけど、しかしそのラジオニュースが映画のシーンの中で有機的に機能しているのかというとそうでもなくて、ちょっと無理矢理突っ込んだ的な印象も受けたんですよね。要は各シーンとの結びつきが薄くて取ってつけた感があったのである。まぁカウリスマキの素朴でミニマムな日常を描くという作風の中で急に異物としてラジオの向こう側の戦争というものが闖入してくるというのは良いと思うんだけど、もうちょっとシナリオ自体とも絡ませればもっと意味が深くなるのではないかなとも思ったんですよね。
たとえば二人の主人公はうだつの上がらないその日暮らしの労働者として描かれるのだが、彼らの過去とかは特に語られない。まぁカウリスマキ作品ではキャラクターを深く掘り下げるというようなことはあんまりなくて、ただ現在のありのままを描くという描かれ方が多いのだが、本作では仮に男の方がロシア系のフィンランド人であるというような設定が作中で明らかになったりしたらもうちょいラジオのニュースと物語自体が有機的に結びついたりしたんじゃないかなぁ、という気もしたんですよね。
その辺はもっと良く出来たんじゃないかな感はあるんだけど、しかし最初に書いたようにいい映画でしたよ。暴力とか不公平とかが世の中には溢れているけどそんな世界でも小さく幸せになることはできるし、アルコールに逃げたりもしたくなるけど真面目に働いてりゃいいことあるよっていう優しさは今のような時代だからこそグッとくるというところはある。あと犬がかわいい。戦争の暴力とか資本主義の理不尽さとかもあるけど、世界の全てがクソなわけじゃないし一緒にいるだけで救われる友人とかもいる。あと犬はかわいい。もう中年を越えてそろそろ人生の後半戦に入ってるけど別に歳を食っても素敵な恋愛はできる。それにつけても犬はかわいい。
まぁそんな風に人生捨てたもんじゃないよという映画ですよ。うん、いつものカウリスマキだな! しかし本作の恋愛描写はいつもにも増してすれ違い感が強くて『めぞん一刻』じゃないんだから…とはなってしまった。いや携帯持ってるんならその場で電話番号登録しろよ…と突っ込んでしまいそうになるがそれは野暮なんだろうな…。あと『デッド・ドント・ダイ』が引用されてて、俺はあの映画そんなに面白いと思わなかったんだけど、本作みたいに友人や恋人と一緒に観たらきっと色々感想言い合って楽しかったんだろうなと思ったよ。「ただの警官じゃあの数のゾンビに勝てるわけないわ」という感想は素朴で良すぎた。そうかー! そういう楽しみ方をする映画だったかー! と思わぬところで『デッド・ドント・ダイ』の再評価にもつながったのでした。
いや面白かったですよ。なんか凄く客が入ってるらしいからしばらく上映するだろうし、興味ある人は是非ってところですね。感想の最初の方に、カウリスマキ作品を観てたら今さら騒ぐほどの映画かよ、ということを書いたがフィルマークスの感想を流し見してても「今回が初カウリスマキです」という人が意外と多くて、SNSとかの大げさと思えるような盛り上がりもそういう人に届いてるのならそれはそれで良いことだなぁとも思いましたね。
まぁなにはともかくみんなカウリスマキを観ましょう。本作が気に入ったら過去作も観ましょう!
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