ヨーク

ファッション・リイマジンのヨークのレビュー・感想・評価

ファッション・リイマジン(2022年製作の映画)
4.0
俺自身オシャレのセンスはないのだが、ファッション関係は好きでその手の映画はなるべく観るようにしてるのだけどその手の映画って劇映画でもドキュメンタリーでも大体面白いんですよね。まぁファッションってモロに視覚表現が重要になるものだから映像メディアとしての映画とは相性がいいのだろう。その例に漏れず本作『ファッション・リイマジン』も面白かったですよ。
ただ本作は上記したようなファッション業界の派手で見目麗しい部分を取り扱った作品ではない。むしろアパレル業界のシステムを根本から見直して今まではどうだったのか、そしてこれからはどうあるべきなのかを真面目に考えてみようよというどちらかといえば、いやもっと直球に言えば地味で説教臭ささえある作品だと思う。
あらすじというか映画の内容はこうだ。メインとなる被写体はエイミー・パウニー。彼女はマザー・オブ・パールというブランドでデザイナーをしているのだがイギリスのヴォーグ誌が選ぶ新人デザイナー賞に選ばれて10万ポンドもの賞金を手に入れる。その大金を手にした彼女が何をしたのか。なんと彼女はマザー・オブ・パールをサステナブルなブランドにするべく1から100まで、服が出来上がるまでの全ての工程を管理することができるラインを作り上げることに挑戦することにしたのだ。そのチャレンジの行方や如何に、というドキュメンタリー映画である。
正に『ファッション・リイマジン』というタイトルに相応しく原材料から縫製からデザインも販売もリユースも全部ひっくるめてファッションとして消費される服飾品が生まれてから廃棄されるまでの過程をすべて考え直そうよ、ということである。作中でも紹介されるが、なんでも1980年代と比較して人々は3倍以上の服を購入するようになって、毎年千億もの服が作られているのだという。そしてその5分の3が購入した年に捨てられているというのだ。他に予告編でも大きく取り上げられている数字はファッション業界を国に例えるとその二酸化炭素排出量は中国、アメリカに次いで世界第3位とのこと。さらに言うとマスコミと手を組んで流行を生み出し、それらの消費のサイクルを自作自演的に作り上げているということも言えるだろうから、美しい表面上から一皮剥けばまぁファッションの楽しさや煌びやかさとは反するようなえげつない業界だよな、と思われるような業界ではあろう。
エイミーはそれに一石を投じてサステナブルなシステムを作り上げようというのだが、それを実現すべく彼女が掲げた5か条的な条件というのがあって、まず長く使い続けられる丈夫さやデザインになっているか、そして2つ目が環境に配慮された素材か、3つ目に環境に配慮した工程で作られているか、4つ目がリサイクル可能な素材かどうか、そして最後の5つ目が衣類を生産する人々の労働環境が健全か、というものである。これら全てをクリアして、尚且つ自分たちがその工程をいつでもチェックできるような透明性があること、その実現をエイミーは目指すことになる。
中々に高いハードルである。まずドデカいハードルとして素材、例えば羊毛なら羊毛で彼女たちの理想に極めて近い羊を育てている畜産家を探し、今度はその羊毛で理想に極めて近い仕事をしてくれる縫製工場を探す。だがその両者が見つかったとしてもその縫製工場が理想的(だとエイミーが考える)羊毛を使ってくれるとは限らないのだ。考えてみりゃ当然だが縫製工場側にはかねてより取り扱っている業者との付き合いがあり、突然ファッションブランドのデザイナーが訪ねてきて「私たちのためにこの羊農家の羊毛を使ってください」と言われても、いやいやいや、となるのは当然であろう。
そこら辺の無理難題をどうエイミーたちが乗り越えていくのかというのが本作で一番面白かった部分でしたね。んで、その面白さってのは実は環境問題がどうとかサステナブルな社会がどうとかという意識の高い問題提起が云々かんぬんということだけでなく、単純にお仕事映画としての面白さだと思ったんですよね。本作を観ながら俺が思い出していたのはグルメ漫画の『美味しんぼ』で、あの漫画で主人公の山岡は自分の理想とする究極の一品を作るために、例えば豚肉が必要だったら直接酪農家の元まで出向いて自分の目にかなう豚肉かどうかを見極めたりするじゃないですか。同じように農家や漁師の元を訪ねていくエピソードもたくさんある。もちろんその過程では衝突やアクシデントも起こるのだが、どうにかそれを乗り越えて最高の料理を作り上げるのが『美味しんぼ』の作劇パターンの一つだ。本作も全く同じだと思いましたね。
海原雄山のような分かりやすいライバルこそいないが、主人公が理想のために妥協せずに邁進していく姿、しかしどうしても折れなければいけないときは折れて仕事相手を尊重するというリアリティ。それっていうのはまぁあらゆる仕事について回ることだと思うんですよね。仕事っていうのは世間、特にSNS上なんかだと倒すべき巨悪で労働は敵、みたいな風潮があるじゃないですか。もちろんネタ的にそう言っているだけだというのはあるだろうけど、でも人は休日の趣味のためにこそ生きるべきでストレスを抱えてまで辛い仕事をするべきではない、という論調はあると思う。俺も仕事大好き人間ってわけじゃないし、宝くじの一等が当たれば一生働きたくないぜとも思うけど、でも仕事ってそんな悪いもんじゃないよなとも思うんですよね。
仕事ってその根本にあるのは他人のために何かをするということで、だからこそ対価をもらえる。それだけで仕事というのは自己の中だけで完結する閉鎖的な作業ではないと分かるけど、さらにその仕事内容に自分自身で満足することもできたら最高に楽しいじゃん、とも思うんですよね。ファッション業界がどうとか、サステナブルな仕組みがどうとか、それらももちろん大事なんだが、本作で描かれている最も大事なものは社会人なら誰もがこなしている仕事に対する敬意と情熱と責任、それを持って生きていこうよということがエイミーの姿を通して描かれている部分だと思ったんですよね。お仕事映画ですよ、これ。
だからそんなに堅苦しい感じで臨まなくても、何かやたらこだわりの強いデザイナーが自分の理想の服を作り上げるまでの奮闘記ということで観てもいいと思う。その結果として、ファッション業界ってこうなんだー、リサイクルとかリユースとかも大事かもねー、とちょっとでも思えれば御の字というところではないだろうか。だからあんま構えずに、ファッション界の社会科見学くらいのノリで観ればいいと思いますね。
あと、映画としてはエイミーが実家に帰って両親と話してるところとかはかなりグッときたなぁ。あのガッツポーズの写真超イイよ。彼女自身のキャラクターもよくて人物ドキュメンタリーとしても面白かったですね。相棒的な同僚とか、ウルグアイの羊農家のおじさんも魅力的でいい人だった。面白かったです。
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