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グリーンフィッシュ 4K レストアのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.1
 兵役を終えたマクトン(ハン・ソッキュ)が故郷イルサンに向かう列車の中で運命の女に出会う。ガタガタと揺れる列車から風景を見ようと窓から顔を出した瞬間、彼女の赤いスカーフが不意にマクトンの顔を包んでしまう。イ・チャンドンの処女作は最初から深い詩情に溢れる。チンピラに絡まれた女を助け出そうとするがかえって袋叩きに合うのだが2人の再会は案外、早くに訪れる。5人の兄弟を抱えるマクトンの家では脳に障害を抱える長兄をかばいながら、親子仲睦まじく暮らしている。2人の兄は牛乳配達と警察官で、兵役を終えたマクトン自身も、早く自分で働いて母親に楽させようと求職中だ。いかにも田舎町の気の良いあんちゃん風情のハン・ソッキュが昭和の頃の尾藤イサオを想起させる。母親に親孝行するんだといつも言いながら、兄と一緒に警察に悪態をつく(あの追いかけっこのシークエンスの素晴らしさ)。妹がスナックで働いていると知れば、お小遣いを上げてもうこんなことはするなよと注意する様な良いお兄ちゃん。そんな彼が冒頭の列車で出会ったミエ(シム・ヘジン)と再会するのだが、彼女は暴力団のボスのテゴン(ムン・ソングン)の情婦だった。

 数年間の兵役を終え、かつて知った田舎町に戻るがそこはもう田舎町ではない。韓国経済の発展と共に地価が高騰し、暴力団が絡んだ地上げ屋が跋扈する。暴力団のボスのテゴンもそんな地上げ業を収入源にこの地でのさばって商売している。マクトンは籠の中の鳥のようなミエに秘かに恋しながら、ゆっくりと悪に染まって行く。最初はテゴンの下で下っ端として働いていたが、ある土地の買い上げに尽力したことが元で、テゴンの懐刀となって行く。然しながらどうしたって埋まらないミエとの距離。そのうち街の頂点に君臨していたかに見えたテゴンにも綻びが見え始め、次第に3人の運命は破滅に向かい始める。世界で最も作家性の強い作家に見えたイ・チャンドンの処女作がこのような韓国ノワールという点には驚くが、最初はジャンル映画を撮ることでスポンサーを説得したのだという。とはいえノワール映画の定型を踏み外すような大胆な場面の連続はイ・チャンドンならではだろう。中盤、列車の4人乗り席に向かい合いながら、飲料水の成分をクイズにするマクトンの純粋さを示す場面は正に白眉の名場面だ。降車した時にミエは戻るか戻らないかマクトンの選択を待つ。あの場面だけが唯一、女性らしい表情に見える。私を連れてここではないどこかへ向かおうとすれば出来たはずなのに、鈍感なマクトンは女の哀願に気付かない。全ては雁字搦めになって行くような田舎町の風景、そして男たちの侘しい背中。どこかホウ・シャオシェンや北野武辺りを彷彿とさせるような韓国製ノワールの隠れた傑作。
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