ヨーク

ナポレオンのヨークのレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
3.7
リドリー・スコットは割と好きな方くらいの監督だけど、どこが好きなのかっていうと”人間大嫌い”な部分で『最後の決闘裁判』なんかは人間なんか全員クソだよっていう冷ややかなメッセージを感じて超面白かったんだけど、この最新作『ナポレオン』はイマイチな感じであった。まぁ人間なんてクソだぜ的な部分は主役でもあるナポレオンの姿を通じて描かれてはいるんだけど、なんていうかぬるいよね。ナポレオンのダメなところとか格好悪いところも描かれはするんだけど、そこは逆に愛嬌を感じるようなギャグ調になってたりそうじゃない部分は周囲の凡俗共に理解されない孤高の天才ナポレオンみたいな感じに描かれてて、ようはちょっとナポレオン贔屓な描写になってると思うんですよね。リドスコナポレオン好きなんだろうか。まぁそれは知らんけど、とにかくそのせいでリドスコの人間に対する冷酷で透徹された目線というのは本作ではあまり発揮されずに俺としてはイマイチな映画だなと思ったのでした。
まぁそれが第一声的な感想なのだが、割とよかったところもある。それは後述するとして、あらすじ説明も兼ねて概要を書くと、何と本作はマリー・アントワネットのギロチンから始まってワーテルローまでを描き、セントヘレナ島までやりきってしまうのである。
ナポレオンの生涯くらい詳細はともかくざっくりとは知っていて当然だろうという体で感想文は進めるが、子供時代はともかくナポレオンが世に出てから亡くなるまでを全部やっちゃったわけである。これはちょっとびっくりした。だってフランス革命後の混乱からセントヘレナまでなんてじっくり描くならドラマで2クールくらいかけるような大河ものになるじゃないですか。少年時代と無名時代でもある革命の真っ只中も入れたら1年いけるよ、いや1年半はいけるんじゃないか? それを2時間半ほどでやろうって言うんだから、まぁその心意気やよしではあるけどダイジェスト感が凄いよね。実際かなりのスピード感でお話が進むからナポレオンをよく知らない人は展開が飲み込めなかったのではないだろうか。
ちなみにこれは映画を観た後に知ったのだが本作はappleTVが出資している映画で、劇場版とは別に4時間超の配信版があるらしい。まぁ映画始まる前にappleTVのロゴが出てきたときにそうなのかなぁとは思ったが、実際に内容を観ると当然というか、そりゃこれは完全版必要だよなっていう感じではありましたね。
ただ、別に全てがつまんないというわけじゃなくて本作は超圧縮されたナポレオンの半生の中でも主に戦争の描写が描かれるのである。というか、戦争とジョゼフィーヌとの愛憎の行ったり来たりが尺の大半を占める映画である。ま、ナポレオンといえば天才軍人として戦った各戦争は絶対に外せないところではあろうが、しかし相当短縮しているとはいえ158分という映画としては長尺な本作で戦争ばっかりしてるっていうのは冗長でありながらもナポレオンのウォーモンガーっぷりをよく表していたと思うのでそれはそれでアリかなっていう感じもしたんですよね。非常に端的にナポレオンの人生を表すと戦争で台頭して戦争で失脚した人と言えると思うので、ナポレオンという人間を描く上でこのダイジェスト感アリアリながらも戦争と夫婦喧嘩(これはこれで戦争だ)しか描かれていないというのは良かった点と言えるかもしれない。
ただ、そこはどうしてもトレードオフになってしまうのだが歴史モノとして観たらぶつ切りすぎて全然気持ちが盛り上がらないのである。上でも書いたがナポレオンとかその人生を描くなら一年通しての大河ドラマにしてもいいくらいの題材なのに2時間半で彼の半生を走り切っちゃうとどうしてもスカスカ感は出てしまいますよね。冒頭がアントワネットのギロチンだったときは「おぉ! これはもしかして若き日を濃密に描くのか!? エジプト遠征辺りがクライマックスで皇帝の戴冠式で終わりか!?」とか思った矢先に映画始まって実に5分経たないくらいでロベスピエールが死んだので、あぁこれダイジェストだわ…、と思ってしまったわけである。
だからなんというかさ、まぁ一言で表せば食い足りないなっていう映画になりますよね。超英雄としてのナポレオンを描くのであればそれと対比されるようなオリジナルでもいいから一般市民のキャラクターとかも欲しかったけど当然のようにそんな部分に割く尺はないのでやたらハイテンポな戦争と私生活とのラリーが描かれるだけで、物語の進行のテンポ自体は速いのに同じことしかやってないから凄く間延びしたダラダラ感のある映画のように感じてしまうのである。
これはきっと配信の長尺版でもそう変わらないと思う。どうせ長尺版でも4~5時間くらいでしょ? さらに言うと多分一番金がかかってるであろう戦争シーンはきっと劇場版でもほとんど使ってるだろうから長尺版で追加されるのはジョゼフィーヌとの愛憎劇のシーンであろう。それは特に面白くはならないと思うなぁ。それこそ農民代表みたいな新キャラを立ててそちらからの視点でも描くっていうならともかく、ナポレオンの一時代だけではなくて軍人として頭角を現してからのほぼ生涯を描くというのならそれも無理でしょう。だから本作の敗因は欲張りすぎて描く範囲を広くし過ぎたことかなと思いますね。そのせいで俺がリドスコ作品でもっとも好きな人間存在への冷ややかな視点というのも大幅にオミットされてるんだと思うんでしょうね。民衆とか描くだけの余裕がないんだもん。いっそのことアントワネットのギロチンがラストで、革命中のまだ無名だった頃のナポレオンを描くとかでも良かったと思うんですけどねぇ。それなら変節したロベスピエールとかも含めて大衆の愚鈍さやどうしようもなさをお得意な筆致で描けたと思うのだが…。まぁ俺がそんなこと言っても仕方ないけどさ…。
しかしまぁ文句多めの感想文になっているが、ここは最高だったというところを一つ挙げておくと戦列歩兵の描写は最高でしたね。字数が多くなってきたのでやや端折って書くが特にワーテルローでの戦列歩兵の描写は両軍共に(こんなのやってられっかよ…)感が凄まじくて最高でしたよ。方陣で騎兵を迎え撃つところとか人間じゃなくて文字通りに肉壁の扱いだもんね。迫力のある映像と共に人間性ゼロの戦術が活写されていたので戦列歩兵ファンの皆様にとっては必見と言ってもいい映画ではあると思う。何だよ戦列歩兵ファンって…。いやまぁ多分普通にいると思うけど。
まぁそんな感じでしたね。戦争描写は一部マニアウケもしそうだし個人的にも良かったけど、トータルで見たらやっぱかったるい映画になってました。ホアキン・ナポレオンはどことなく情けない部分もあって良かったけどその魅力が存分には出てなかったかなぁという感じですね。ま、そこそこは面白かった。
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