オレオレ

地下道の鳩 〜ジョン・ル・カレ回想録〜のオレオレのレビュー・感想・評価

3.0
普段はあんまりドキュメンタリー見ないんだが、あの、ル・カレのインタビューということで見てみた。
ドキュドラマ部分があるので好き嫌いは分かれるかもしれないが、ストーリーが追いやすく、かつ「スパイ小説大家の生い立ち」という内容にも合っていたので私は好きだった。

元MI6(MI5にもいた)職員だったル・カレ、そんな人がスパイ小説書いちゃっていいわけ⁈と長年思っていたので、その辺の謎(?)が解けるかと思ったらそうでもなかった。
というか、MI6時代は「下級職員だったのでなんも知らされなかったさ」で終わり・・・。まあいいんだけど。
その代わり、彼の詐欺師的な父親との関係を中心に、彼と兄を置いて家を出た母親のこと、彼に影響を与えた二重スパイ事件などが語られる。
このドキュメンタリーのタイトルは、2016年のル・カレの自伝と同じなんだが(The Pigeon Tunnel)、この謎めいたタイトルも、彼がそのヤクザな父親に連れられて訪ねたモナコだかモンテカルロだかのカジノホテルにある施設から来ている。
ホテルの屋上に捕らわれ、飼われている鳩たちはそこからトンネルに閉じ込められ、トンネルの先に見える光を求めて飛び立とうとする。
トンネルの先、光の出口から出た鳩を待っているのは、ホテルのバルコニーで待つ猟銃を構えた宿泊客たち。ある鳩は客の娯楽として撃ち落され、幸運にも撃たれなかった鳩は自分の巣へ逃げかえる。そう、そのホテルの屋上の巣に。何が幸運だか。
その一部始終を、嬉々として鳩に狙いを定める父親を、部屋の窓から見下ろすル・カレ少年・・・とまあ多少ドラマ化されていると思うが、その鳩とトンネルからタイトルは取られており、彼の小説に見える虚しさというか、はかなさというか、そういうのの原因の一つかも、と思わされる。

ベストセラー作家で50年を超える執筆生活ながら、ル・カレの作品数は30以下と意外に少ない。
イギリス英語とル・カレの長ったらしい言い回しがちょっと苦手なんだが、結構な数が映画化やドラマ化されているので、映像化されたものの原作から読んでみようかな、と思った。
作品の見方が変わるかも、というほどの発見があったドキュメンタリー映画ではないけれど。

印象的だったのは、同じスパイ作品、ジェームス・ボンドについて、「向こうは読者に、”ああ、自分が主人公だったら!”と思わせる作品だが、自分のは、”ああ、自分の人生でなくてよかった”と思わせるものだ」とル・カレが言っていたこと。
ホントにその通りで、彼の作品を読むと、しばらく人間不信になるんだよなあ・・・。