垂直落下式サミング

心中天網島の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

心中天網島(1969年製作の映画)
5.0
“松竹ヌーヴェルバーグの雄”篠田正浩監督が近松門左衛門原作の世話物を題材に描く日本ATG映画の傑作。
原作が人形浄瑠璃であること強く意識し、舞台劇の雰囲気を意図的に取り入れた意欲作だ。白と黒のコントラストで描かれる世界に、古式ゆかしい様式美とアバンギャルドな尖鋭性が歪な形で共存している。舞台装置が反転することによる場面転換や、舞台演芸で本来ならそこに居ないものと見なされるはずの黒衣が平然と映画の世界に存在するなどの実験的な演出だけをみて「変な映画」と切り捨てるにはあまりに完成した映画芸術だ。
木下恵介の『楢山節孝』を思わせる極端に作り物然としたモノクロームの映画世界は、物語の登場人物たちが用意された筋書きの上から逃れることのできない無情さを表現しており、確かな論理性を積み重ねた作劇と独自の美学で語られる演出でもって、不穏さを孕みながら異彩の物語は着地点に向かって動き続けるのだ。
現代の日本に住む我々には馴染みの薄い考え方だが「義理を通す」というのは美徳でありながら罪深い言葉だ。奇妙な業の重さを感じる。