垂直落下式サミング

八仙飯店之人肉饅頭の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

八仙飯店之人肉饅頭(1993年製作の映画)
4.5
その残虐描写でスプラッタ界隈にセンセーションを巻き起こした香港の鬼才ハーマン・ヤウ監督によるマカオで起きた一家バラバラ殺人事件をベースに描くスラッシャー映画。
陰惨な暴力シーンが印象的な映画だが、殺人シーン以外は明るくカジュアルな調子の刑事物語として進行していく。警察官達のコミカルなやりとりや、マカオのほのぼのとした空気は題材にそぐわない呑気な雰囲気だが、アンソニー・ウォン演じる猟奇殺人鬼が登場すると、その入魂の演技によってぐっと物語に引き込まれる。異国の飲食店に入ったものが次々と消息を絶ち、その血肉を骨髄まで貪られてしまうというのは、西遊記などに登場する魔物たちの悪行を連想させる。まさに、本作の主人公ウォン・チーハンは人ならぬ怪物なのだ。
しかし私には、ウォンが犯人だと憶測の域を出ない段階で断定し、犯行を自白させようと何度も彼を殴り付ける警官たちの方がモラル欠如しているようにみえる。それまでは牧歌的なコメディの登場人物として描かれる刑事たちだが、ウォンに犯行を認めさせるため暴行を加え、ついには覚醒剤まで飲ませ三日三晩眠らせずに精神的に追い詰める。彼等がなんとか自供させようと躍起になって拷問をするシーンをみると、大勢に取り囲まれて苛められるウォンのことが可哀想になってきて、『時計じかけのオレンジ』の後半で酷い目に遭うアレックスをみているようだった。そして、ついにウォンが「死体の肉は饅頭に入れて客に出した」と告白し、刑事達が堪らず嘔吐するシーンは猟奇的であると同時に横暴で腐敗した警察権力に一杯食わせてやった感があり痛快。とは言えやはりウォンは生きていてはいけない人間だ。店主に言いがかりをつけ、一家全員を縛り上げ、末っ子を家族全員の前で惨殺し、両親をその手にかけ、四人の娘たちを次々と肉斬り包丁で血祭りに上げるシーンは目を背けたくなるほど恐ろしい。血糊の量も半端じゃなく死体を解体する精肉シーンも『地獄のモーテル』を彷彿とさせるリアルクッキング描写。Jホラーの恐怖描写も韓国映画の残酷描写も技術やノウハウ等の映画理論の蓄積によって成り立ってきたものだが、この作品は過去の香港怪奇映画とは比較にならない飛び抜けた凄味がある。90年代香港映画の傑作。