ヨーク

メルビンとハワードのヨークのレビュー・感想・評価

メルビンとハワード(1980年製作の映画)
3.9
面白かったんだけどこの映画は思ってたのと違う! っていうのが2個もあって中々ビックリな映画でしたね。まぁその2個というのはちゃんと事前に下調べしていたら分かる程度のことだったんだけど…。
まず一つ目は、本作は日本で上映される機会が中々ない映画で今回の特集上映が数少ない機会だというから何とな~くシリアスなヒューマンドラマかと思ってたんですよね。いやだってそういう名作感を漂わせてる映画って大体は娯楽作品よりもアート寄りだったり社会派だったりな映画が多いじゃないですか。本作もそっちの方かなと思ってたんだけど、結論としては全然違った。まぁ地味なヒューマンドラマではあるんだけどどっちかというと軽いノリで笑いながら観られる映画で、それはいい意味で裏切られましたね。もう一つは『メルビンとハワード』というタイトルにもあるハワードというのが『アビエイター』でディカプリオが演じたかの大富豪ハワード・ヒューズだったということ。さらに言うとハワード・ヒューズの逸話を描いた実話を元にした映画だったということですね。どっちかというとこっちの方がびっくりした。普通にフィクションの劇映画だと思ってたからそうだったんだ! という驚きで新鮮に観てしまいましたね。
お話も結構面白くて、主人公はタイトルにあるハワード・ヒューズではない方のメルビンの方なんだけど、彼は牛乳配達で生計を立てている妻子持ちの男で、控えめに言って金持ちではない。いや金持ちどころか完全に貧乏寄りの人間である。そんな彼がある日配達中に荒野で倒れてるジジイを発見。なんか年甲斐もなくバイクで遊んでたら転倒して行き倒れてたらしい。メルビンが通りかからなかったら死ぬところだったと感謝するジジイ。嘘か本当かそのジジイは「自分はハワード・ヒューズだ」と名乗った。メルビンは変なジジイだと相手にせずにそのままジジイと別れ、また日常に戻っていく。そこからは人生上手く行かないメルビンの描写が続き、小金を手にするもそれが元で妻と離婚したり、仕事を変えて再婚もするがままならない姿が描かれる。そんなある日にハワード・ヒューズが死亡したというニュースが流れて、メルビンが働くガソリンスタンドにハワード・ヒューズから彼宛ての遺産相続の手紙がくる…というお話です。
結構詳しくあらすじを書いてしまったが、この映画が面白いのはハワード・ヒューズからの遺産相続の手紙が届くのが尺的には結構終盤なんですよね。映画の大半はメルビンのままならない貧乏暮らしとその中での妻や子供との上手く行かない関係が描かれる。いわゆるダメ親父の生態観察的な趣きのある映画なのだが、彼らはいつも大金を手にすることを夢見てるんですよね。一発逆転のいわゆるアメリカンドリームというやつ。上記したように一度は素人参加型のテレビ番組の賞金という形でそれなりの金を手に入れるんだけど、今度はそれが元で一家離散する羽目になる。そういう貧乏人の人生模様が延々と続くんだけど、本作が偉いのは最初に書いたようにその浮き沈みがシリアスではなくて笑えるノリで描かれていることだと思うんですよね。
なんだろうな、漫画の『カイジ』の日常パートなんかでダメ人間の思考や行動がギャグっぽくあるあるな感じで描かれるような感じに近いだろうか。メルビンをはじめとした登場人物ほとんどの金さえあれば何とかなる的な俗物感。また、田舎の牛乳配達という仕事の適度にブラックなんだけどその境遇にさえ満足できればそこまで悲惨な生活でもない感。でもやっぱり何か満たされない気もする感。そういうのが労働者の目線で描かれていて良かったなぁと思いますね。基本メルビンは金持ちになりたいとは思ってるんだけど、もし仮に望むだけの額の金を手に入れたら何をしたいのかっていうのは特にないんですよ。海や船が好きでもないのにクルーザーを買ったりするような典型的な成金仕草しか思いつかないような、教養もなくて金の使い方も知らない人間なんですよね。
でも何となく金さえあれば幸福になれるだろうとは思っている。んで実際にハワード・ヒューズの遺産相続という形でそのチャンスが巡ってくるわけだ。あの時助けたジジイがマジでハワード・ヒューズだったとはメルビン自身も信じられない思いなのだったが莫大な遺産の一部が手に入るのなら話は別で、俺はハワード・ヒューズの命の恩人だぞ! とアピールしだすわけだ。その件は当然のように紆余曲折あってメルビンが持つ遺書だとされる書類の信ぴょう性を巡って裁判にもなるのだが、本作に於いてはその裁判の結末というのはさほど重要ではないと思う。ネタバレになるから詳しくは書かない(実話ものの映画なのでググれば一発でオチが分かるが…)というのもあるが、そこが本作の面白さではないと思いますね。
というのも本作は夢のような映画で、その夢っていうのは二重の意味での夢なんですよ。まずはハワード・ヒューズの遺産の一部を相続できるかもしれないという夢。いや本当に夢のような話だよな。個人的には人としては嫌いだが、もし俺が死にそうになってるイーロン・マスクを助けて彼が遺産の一部を相続してくれるとなったら、マジかよ夢みたいだ! って思うもん。ま、それはどうでもいいが、もう一つの夢のようなお話っていうのは若干ネタバレになるかもしれないけど本作の作中でメルビンが冒頭に助けた老人が本当にハワード・ヒューズなのかどうかっていうのは最後まで明らかにならないんですよね。確かに行き倒れてるジジイを助けてそのジジイが「俺はハワード・ヒューズだ」と言ったけどそれが本当かどうかは分からない。実際、メルビン自身も半信半疑だったのだ。
人生の中で夢のようなことが起こったけど、実際にそれが夢なのか現実なのかは判別がつかないままで何となく夢の中に沈んでいく。それらの夢のような出来事の中で人間関係が変わっていったり、その変化に後になって気付いてちょっと後戻りしたり。その後戻りは夢のように浮ついた人生の中でもちょっとだけ今まで歩いてきた人生の実感があったり。そういう映画ですよね。
それを説教臭いシリアスさを抜きに、基本的には軽いノリで描き切るんだからいい映画ですよ。あと、自分が急に大富豪の遺産相続人に!? っていう展開は何だか懐かしのテレビ番組『奇跡体験! アンビリバボー』とかで紹介されてそうなエピソードだなと思った。特に教訓とかもなく淡々と進んでいく感じも『アンビリバボー』っぽかったな。ていうか実話ものだし番組で紹介されたこともあるんじゃなかろうかという気さえしながら観ていた。
それくらいのノリで観れる映画というのがよかったですね。面白かった。
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