田中宗一郎

バッド・チューニングの田中宗一郎のレビュー・感想・評価

バッド・チューニング(1993年製作の映画)
4.0
いまだ消え残っていた「アメリカ最後の煌めき」をキャプチャーした絶望的なまでのノスタルジア。正しさも悪も何もかもがごくありきたりで、どこまでも些細なく、絶望的なまでに無邪気な光景。ただ同時に、やがてそれがすべて失われるだろう静かな不穏さもしっかりと映し出されている。リンクスレーターが自らの第二作で切り取った、このキラキラした煌めきは今やどこにも見当たらない。舞台は、妊娠中絶反対という公約を掲げ、福音派の票を集めることに成功した民主党カーターが大統領に就任する直前の76年。映画全体を貫いている唯一のプロットは、有利な進学というメリットがゆえに誰もがごく普通に受け入れるだろう、フットボール部のコーチが突きつける、ドラッグや飲酒をしないことを誓わせる契約書をひたすら拒み続けること。つまりこれは、ごく当たり前のように何かしらの些細な権利を手に入れることで、永遠に失われてしまう「大切な何か」についての映画だ。マシュー・マコノヒーが浮かべる不遜で得意げな笑みは、10代半ばの自分自身がどこまでも無邪気に憧れていた「アメリカ」以外の何ものでもない。現代社会がオファーする構造的な「幸せ」を受け入れ、やがてそれに踏み潰されることでもはや我々が永遠に失ってしまった、かけがえのない煌めき。湾岸戦争の後、ブッシュ政権の93年という地平から、76年にはいまだかろうじて消え残っていたアメリカ最後の煌めきを、少年少女たちのたった24時間の姿を切り取るだけで見事に描き出した、どこまでも甘苦い青春映画の傑作。

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田中宗一郎

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