垂直落下式サミング

言の葉の庭の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

言の葉の庭(2013年製作の映画)
4.3
梅雨の季節に出会った15歳の少年と27歳の女性をめぐるドラマを、美麗なアニメーションならではの表現で描く。新海誠監督作品。
エンターテイメントに徹した『君の名は。』の一個前の作品で、現実の世界を舞台にしたラブストーリーであるから、誰もが持つ悲しくてやりきれない都会的な病みをモチーフとしており、ふんだんに作家性が溢れ散らかしている。
男の子と年上女性の雨の日の情事。彼女のことを知るにつれ、彼女の抱える問題を本当の意味で理解して、それを本当に癒せるほどの男ではないっていう現実が突きつけられる。だから、あなたの苦しみをわかった上で、ひどいことを言って自分ごと突き放すしかないっていう身勝手。それでも、彼に泣きすがってしまう女と、そこで関係に区切りをつけて自分の道を歩み出す少年。二人しかわからないやり方で結び付いたふたり。身勝手同士の文学でした。
普通の劇場用アニメ映画としてイビツさを排している(ように見える)という点においては、もっともバランスがいいし、描かれる恋愛観にも人間性の円熟を感じるので、その意味で作家・新海誠の最高傑作なのではないか。
実際、水面に無数の波紋を作る雨の描写や、風に揺られる木々から指す木漏れ日の揺れなど、キラキラ表現としてはここいらで到達点に達していると思う。
キラキラな空、艶をおびた柔らかい常緑樹、雨の波紋が揺らす水鏡、視覚的な情感を最大に引き上げた上で、この甘くない現実をさらに美しく描いてやる!それが新海誠の魂なのだ。
ストーリーについても、現実の日本社会を舞台として都合のいいファンタジーのような部分がなくなり、地に足のついているような落ち着いた印象を受ける。が、やっぱり二人のあいだを邪魔する余計なものをぜんぶ取り払って、恋愛の世界を閉じたものにしているからか、この美しい時間ごと相手を記憶のなかに閉じ込めたいという独占欲には忠実。
主人公の男の子が靴職人になりたいとかで、年上女性の足をきれいに見せるのだけれど、性的なフェチはそこのみ。手を繋ぐのも、キスもなし!前作だったら、タオルをかぶってる肩からブラ紐が落ちてるのをチラッとみせる(未成年)とかしてたのに、そういう下品な下心は一切ないっ!
くたびれオトナ女子がベッドに倒れ込むと、シャツが重力にしたがって体に張り付くから、そこでハッキリと胸のかたちと大きさがわかるとか、その程度。(じゅうぶんキショいだろってか。)いやいや、彼こそがストイック・キラキラ童貞!
運命の人はいない。そう悟ったナイーブ新海がみられるのはここまでで、東宝の怪人・川村元気に施された改造手術によって、この次、超絶怒涛のヒット作『君の名は。』で王道ラブコメをぶっぱなすこととなる。
最初に、サラリーマンを経験した映像クリエイターは強い。自分の主義主張を殺して、工芸品としての完成にのみ徹する心構えができてるから。それでもなお、滲み出るのが作家性。誰の色に染められても、独自の表現としてしっかりと光るものを出せる新海誠は、強度のある作家だと思う。