垂直落下式サミング

オマールの壁の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

オマールの壁(2013年製作の映画)
4.1
ガザ地区の民族紛争を題材に、反イスラエル組織ハマスに所属する若者の青春と、狡猾なイスラエル軍との戦いを描く社会派サスペンス作品。『無防備都市』や『アルジェの戦い』のように反体制運動を肯定的な視点で描いた作品である。
反イスラエル組織に所属する青年オマールは秘密警察に逮捕され、刑務所で拷問を受け卑劣な手段で陥れられる。仲間を売るか?一生刑務所か?と苦渋の選択を迫られるオマール。果たして彼は仲間を裏切ってスパイとなるのか?そして彼の恋の行方やいかに!?といった内容。
冒頭で主人公オマール青年がロープを手繰り軽快に壁を越えて仲間や恋人に会いに行くシーンは、巨大なアパルトヘイトフォールに阻まれ抑圧された人々の苛立ちと、閉塞した場所で行き場のない怒りを溜め込みながら生きる者達の飢渇を感じさせる。レジスタンスに所属する若者が先走り、追い詰められていく姿もスリリングかつサスペンスフルだ。なかでも市民に手助けされながら、塀をよじ登り、民家を通り抜け、中東の町並みを颯爽と走り抜け秘密警察を撒いていく逃走シーンは手に汗握る。
作劇面でも非常によく人物が描けていて、三人のなかでオマールは真面目君、タレクは堅物のリーダーで、アムジャドは陽気なムードメーカーだと幼馴染みの三人の他愛のない会話のなかで各キャラクターの内面や性質を説明していくスマートな作劇が気持ちいい。恋人のナディアとオマールのする仲好しカップル同士の照れくさい距離感のやり取りがむず痒く、恋文をティーカップのソーサーの底に挟んでオマールに渡すシーンも実にいじらしく微笑ましい恋愛模様である。下校途中の恋人ナディアと逃亡中のオマールが今後について込み入った話をする場面も見処で、禁欲的なイスラム教徒JKの制服は私の目には妙にいやらしく感じられた。そういった目線でみると、オマールを演じるの二枚目アダム・バクリが猫と戯れる姿に萌えるし、拷問を受ける場面で彼が尋問官におちんちんをライターで炙られるところはILLな腐女子必見の名シーンだと思う。
同監督作『パラダイス・ナウ』で描かれたように、実際のガザ地区にはもっと酷い日常があるわけだが、我々はそれを見知りする機会は少ない。私も池上彰が我々にも分かり易く噛み砕いた言葉で伝えてくれる程度のことしか理解してはいない。現実はもっと複雑で拗れている。この映画だけをみると町の住人もハマスの戦士たちを支持していてイスラエル軍を嫌っているようだが実際のところはどうなのだろう?この現実を広く認知させるためにもガザ地区の民族紛争を題材にした映画はもっと製作されてほしい。民族紛争が絶えない今こそ観るべき青春映画だと思う。
イスラエル側(アメリカ)の報道では、単に狂信的グループの卑劣なテロ行為だと切り捨てられる反体制組織側の言い分も勉強になり、逆転に次ぐ逆転の息詰まる心理戦の最中で若者が巨大な喪失を経験する青春娯楽作だった。