垂直落下式サミング

Doglegsの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

Doglegs(2015年製作の映画)
5.0
障害者プロレス興業団体『ドッグレッグス』のドキュメンタリー映画。コミケで彼らのことを知って興味を持ち、地元での公開日に観に行った。団体名になっているDOGLEGSは障害者に対する侮蔑表現で、興業のタイトルも「超害者~毒にも薬にもならないなら いっそ害になれ!」とかなり挑戦的な思想を謳い文句に掲げる団体だ。彼等の日常と試合のダイジェスト映像で映画が綴られている。
看板選手の脳性麻痺を患うサンボ慎太郎をはじめ、聴覚障害者、引きこもり、女装癖やアル中、癌を患う鬱病レスラーなど各選手のキャラ立ちもしっかりしている。そして、一度DOGLEGSのリングに上がれば、誰だろうと対戦相手から情け容赦ない攻撃が浴びせられるのだ。健常者が障害者に対して一切手加減のない姿勢で挑み、全力で叩き潰すというのは普通の感覚なら良心が痛むし目を背けたくなる試合内容である。
しかし、試合を終えたレスラー達の表情は晴れやかで、彼等がプロレスを通じて真に他者と関係する姿に我々観客も言い知れぬ充足を感じる。すべてをかなぐり捨てて裸で向き合った者同士だからこそ、真に互いを理解し認め合えるのだ。そこに映し出されるのは崇高な決闘であり、泥臭くも誇りを持って懸命に生きようとする男たちの姿なのである。
映画の山場はサンボ慎太郎選手の引退試合。彼が盟友である対戦相手アンチテーゼ北島に、この試合を最後にプロレスを引退し女性にプロポーズして人並みの幸せを手にしたいとを告げると、北島は彼にある条件を突きつける。「本気で向かってきなよ。本気で応えるから。」この言葉の真意とは?北島代表著『無敵のハンディキャップ』を読めば、団体の旗揚げ理由や選手の関係性までより深いところまで知ることができる。
「健常者と障害者は対等だ」という綺麗な言葉がある。この映画に登場する超害者たちは「それは健常者が安心するために作り出した無責任な言葉だ」と中指を立てる。健常者と障害者は違う。対等じゃないし、平等でもない。障害者だからいじめられる。障害者だから就職できない。友達ができない。結婚できない。残念ながらこの社会には差別や理不尽が否応もなく存在する。だってこのリングの中でさえ、彼等はハンデを貰わないと健常者に勝てないじゃないか。身体的なハンディキャップはどんなきれいな言葉で取り繕おうとも「弱み」でしかないのだ。
なのに彼等は戦うことをやめない。何度だって勝利を手にするために立ち上がる。たとえ障害を持って生まれようと誰しもこの世界に生きている限り戦いを避けることはできない。その姿は勝利への渇望こそが人間の生の根源なのではないかと訴えかけてくる。
感動ポルノ?上等じゃねえか!見世物にでも何でもなってやるよ!やりたいようにやらなきゃ人間生きてる意味がねぇんだ!そう言わんばかりに、抑圧された自己主張欲求がリング上で剥き出しになる。力強い生き様が活写されている。なぜ彼等はプロレスを自己表現の場に選んだのか?また対戦相手はなぜ彼等に本気で向き合えるのか?日常を追う映像をみると彼等は理不尽な不平等さを背負い戦い続けるしかないんだとやるせない気持ちになるが、試合の場面に切り替わるとそれが誰でどんなバックボーンを背負っているとか、そんな事は忘れて神聖なリングの上で汗にまみれる両雄に声援と喝采を贈っている自分がいる。
我々のなかの良心や罪悪感といった、今まで当然の倫理観理として割り切っていたものを揺さぶられてしまう熱い映画だ。リングの上で火花を散らすフリークスやマイノリティたちにしか見えない男の世界がそこにある。
健常者VS障害者。異様な“個”と“個”のぶつかり合いには同情や哀れみといった余計な感情が入り込む余地などなく、純粋な闘争が繰り広げられる世界に、ただ圧倒されてしまった。
2016年のベストムービーのひとつ。