垂直落下式サミング

ハドソン川の奇跡の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ハドソン川の奇跡(2016年製作の映画)
4.0
トム・ハンクス主演のクリント・イーストウッド監督の最新作。2009年に乗客乗員155人を乗せた旅客機がバードストライクによって両エンジン停止状態に陥った際、冷静な判断でハドソン川への不時着水を成功させたサイレンバーガー機長をトム・ハンクスが演じる。
「ハドソン川の奇跡」がリーマンショック後の陰鬱とした世界に希望を与えたのは言うまでもないし、実際に当時ニュースでこの事件の報道をみたときは機長の冷静な決断によって成し得た映画のような奇跡に勇気付けられたのを記憶している。
前代未聞の航空事故で誰一人乗客を死なせなかった機長として一躍時の人となるサリー(サイレンバーガーの愛称)だが、国家運輸安全委員会のコンピューターによるシミュレーションの結果「あれだけ時間があれば空港に引き返すことが出来たはずだ」という答えが導きださてしまう。サリーの「不時着水しか我々が助かる道はなかった」という主張と、コンピューターが導きだした答えが食い違い、彼は乗客を危険に晒したとして判断ミスの責任を問われることとなってしまうというのが大まかなあらすじ。

事故後サリーがみる悪夢の映像から映画が始まり、彼が空を見上げたり高層ビルの窓から外を眺めると、エンジンから煙をあげて市街地に墜落する旅客機のヴィジョンがフラッシュバックする。我々観客は何度も繰り返されるこのシーンが彼の見ている幻影だと分かっているのに、一歩間違えば引き起こされたであろう大惨事を想像し戦慄してしまう。
人々に“英雄”と呼ばれた実在の人物の葛藤や苦悩を描く伝記作品ということで、田舎生まれのカウボーイが血塗られた兵士となってゆく『アメリカン・スナイパー』と本作は、現代の英雄の行く末を描いた一連のシリーズ作品と言ってもいいだろう。ヒーロー誕生譚でありながら、報道やニュース記事では語られなかった主人公のけして綺麗ではない部分も隠さずひとりの人間として突き放した視点で描いた骨太なヒューマンドラマだ。
かなり地味な映画だが、イーストウッド作品にしては珍しくストレートなアメリカンヒーロー誕生物語に着地する娯楽作だった。