レオピン

明日は明日の風が吹くのレオピンのレビュー・感想・評価

明日は明日の風が吹く(1958年製作の映画)
3.9
ポケットに手をいれたまま、突然カメラ目線で歌い出す裕次郎。歌あり涙あり笑いあり 喜怒哀楽のツボをおさえた井上梅次の娯楽作

物語は戦前から。渡世の義理のために松文字組の親分のお命を頂戴した平戸寅次郎(大坂)。十八年の刑を終え出所した彼が亡き親分の霊前に挨拶に訪れると、あの日と同じ神輿祭りが行われていた。松文字組に代わって木場一帯は今やすっかり難波田組のものとなっていた。
遺された松文字一家の兄弟たち。金子の長男はお家の為に親の仇と知りながら難波田の軍門に降り、今はバーの経営を任されほんのわずかのショバを守る。そして裕ちゃんの次男はサラリーマン、青山の三男坊は音楽家の卵と、それぞれ違う道を歩んでいた。
だが誰が見てもこの稼業に一番向いていたのは破天荒な次男の健次。ついに傾いた一家を守るため彼はひと肌ぬぐ。。


オールドやくざの大坂志郎。またしてもこれは実質彼の主演映画といってもよかった。また同じように新しい時代に嘆息するばかりの昔気質のやくざの植村謙二郎。この二人の着流しやくざが木場を見下ろす佇まいが美しい。まるで西部の男のよう。

深夜、三兄弟がそろい踏みでズンズン決戦場に向かって歩いていく。まるでペキンパーか呉宇森か健さんか
だが彼らの腰には銃もなければ刃物もない。丸腰で兄弟腹を決めてのトリプルジャンピング土下座に向かうのだった。

とそこに、この喧嘩オレが貰ったあああああああと割って入る寅次郎。
切った張ったばかりがやくざではない。もめごとをおさめる度量こそが男の華。渡世人とは仲裁ということに最もアドレナリンが沸き出る人種なのだ。双方顔をつぶさずに仲立ちをする人物こそ最も尊敬される。互いに殲滅するまで戦いあうというのは本来異常なことなのだ。

植村の源おじの息子にバタやんこと田端義夫と、シベリアンハスキーのような美女に浜村美智子と二人の人気歌手が共に好演。
難波田の代貸、弘松三郎はサム・ロックウェル似。親分二本柳寛は香港のサイモン・ヤムに似ていた。

三枝さんは、OLを辞めいきなり起業しジューススタンドみたいな店を開店。レモンジュースとパインジュースを混ぜただけのものを私の創作よと言って客に出す無敵のお嬢さん。
青山恭二とルリ子の若いカップルは赤いほっぺたに純真さが出ていた。だが車の中でヤクザ二人に囲まれて堂々としている姿はさすが「お嬢」。ひばりもあんなふうだったか。

やくざ映画じゃないので格別のバイオレンスはないが、お家再興とか結ばれぬ恋などが入って満足感は高い。道を踏み外したものが元の世界に戻れるか。意地や誇りを捨てて真に大切なものを掴むことができるか。寅次郎や源おじが体現していた古きよき時代。アップデートじゃないのよ。温故知新です。
三兄弟が覚悟を決め運命を切り開いていくラストは爽快。新木場ノワール?の傑作です。
レオピン

レオピン