開明獣

ある女流作家の罪と罰の開明獣のレビュー・感想・評価

ある女流作家の罪と罰(2018年製作の映画)
5.0
この作品の主人公、リー・イスラエルは、アメリカの女流伝記作家だ。キャサリーン・ヘップバーンの評伝を雑誌に書き、エステ・ローダーや、テレビのクイズ番組で活躍したドロシー・キルガレンの伝記を執筆した。中でもキルガレンの伝記は、ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストに入るほどだった。

リーは、その後、思うような執筆活動が出来ず、酒浸りになり、落ちぶれていく。コートも買えず、家賃を数ヶ月滞納し、愛猫の治療費も払えなくなってしまう。そんな彼女は、有名著述家のサイン入りレターの偽造という犯罪に手を染めだす。唯一の友人と言える、ゲイで根無草の麻薬の売人、ジャックホックを売り手として、リーは、400通以上もの偽造手紙を創り出し、それで生計を立てていく。彼女の犯罪は当然長続きはせず、連邦司法により有罪判決を受けることになる。

思いやりがなく、皮肉屋で毒舌家。友人も家族もなく、人付き合いが苦手で、人間より猫が好き。ゲイである彼女にも、かつてはパートナーがいたが、その性格に愛想を尽かされ、去っていってしまわれている。

側からみれば、甚だ痛々しいこの人物に、私は蔑みの目を向けることは出来なかった。”Who are you?” ではなく、”What are you?” と聞かれたら、”nothing” と答えるしかない、惨めな諦めを胸中に秘めながら、なんの希望もなく生きていく閉塞感を彼女は抱いていたに違いない。そんな、リー・イスラエルに同情ではなく、ひたすら共感を覚えたことが、この作品への極めて個人的な評価につながっているのだと思う。

もし自分が、リー・イスラエルだったならどうするか?この問いに対する答えは、「分からない」だ。同じ立場になれる訳がないのだから、分かるはずがない。それでも、私はこう言いたい。もしも、自分がリー・イスラエルなら、きっと同じことをしたろう、と。威張れることでも、誇れることでもないけれど、そうだと思う。

時々、理想主義的な考え方に疲れてしまうことがある。常に理想を高く持って、世の中は必ずよくなっていくと信じている高邁な精神の持ち主には敬意を払うけれど、眩しすぎる光は、弱っている人間には必ずしも糧になるとは限らない。

自分の存在には何の価値もないと思っている人に、「そんなことはないよ、頑張って」と言うことがどんなに残酷な事か分からない人には、この作品は理解し難いかもしれない。

人生に負け戦は存在しない、世の中に負け犬などいない、と励ましてくれる映画には感謝している。そうあってしかるべしだとは思う。けれども、どんなにあがいても負け犬から這い上がれない人間の一所懸命な生き様を応援する作品があってもいいと思う。

痛いほど自分と主人公を重ね合わせながら、やっぱり出来ることは酒を飲むことと、誰にともなく、黙って心の中で中指を立てることだけだった。
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