ヨーク

マリア・ブラウンの結婚のヨークのレビュー・感想・評価

マリア・ブラウンの結婚(1978年製作の映画)
4.3
お恥ずかしながら、実は初のファスビンダー作品だったんですけどめちゃくちゃ面白かったですね。びっくりしたよ。この『マリア・ブラウンの結婚』が初ファスビンダーに相応しい作品なのかどうかは知らないが一応ヒットした代表作らしいのでまぁ入門編としてもちょうどいいのかもしれないが、それにしても予想外の面白さだったな。
いやだって、簡単に作品を紹介すると主人公はタイトルにもなってるマリア・ブラウンという女性なんだけど彼女は第二次世界大戦末期の空爆の真っ只中のドイツの教会で結婚式を挙げるんですよ。でも旦那には招集令が出ていて即戦地へと行ってしまう。作中にそういうセリフもあったけど、確か結婚生活は「半日と一晩」だったかな。それから数年後に話が飛んでご存知の通り連合国に敗北した戦後ドイツの暮らしに移るのだが夫は一向に帰ってこない。もう死んでいるのかもしれないと思いながら夫が戦場から帰ってくるのを待つ妻、というあらすじです。
二人は果たして再会できるのだろうか…、というお話なんだけど、一言で言えば戦争未亡人モノですよね。ウクライナ戦争以降たびたびリバイバル上映されている『ひまわり』も同じような戦争未亡人モノだけど、俺の先入観としてはそういうのってどうせ辛気臭い話なんだろうと思っていたんですよ。でもそれが意外や意外、全然辛気臭くないどころか主人公のマリアがめちゃくちゃパワフルでお国のために戦った夫が帰ってくるのを待つ貞淑な妻、なんていうイメージとは180度かけ離れている人物なんですよね。大体が冒頭のシーンからして上記した空襲のさ中の結婚式から始まり爆撃音や銃声が鳴り響く中で生涯の愛を誓い合う二人の姿から始まるのだ。それだけでもこの映画ただ者ではないな…という感じですよ。
そして何よりも本作の大きな魅力の一つはマリア・ブラウンという主人公の人物像であろう。これがすでに書いたように非常にパワフルで自分で人生を切り拓く人物として描かれる。本作は78年の映画だが、現代の基本的な価値観の一つである女性の社会進出というのを当たり前のようにやってのけている人物でもあるのだ。ただ舞台となるのはあくまでも戦後すぐのドイツなので当然ながら現代のようにはいかない。簡単に言えば女はたとえ能力があったとしても男の力がなければロクな仕事をすることもできないわけだが、そこは流石マリア、男には取り入るし夫の帰りを待つ身でありながらそれらの男と寝ることもするのだが、それは彼女にとっては夫への裏切りとかには勘定されないんですよね。そこ最高だったな。現在はともかく78年当時の価値観(ドイツは知らんが日本での)なら妻子ある男が付き合いとかで風俗行ったりするのは余裕で正当化されたと思うけど、じゃあ女の方だって同じことやっていいじゃんね、となるわけだ。そこに愛があるわけじゃなければ相手への裏切りにはならないでしょ、と。ただそこは、それがフェアであろうと言われたら確かにその通りなのかもしれないが中々それを受け入れられない人もいるだろう。色々な理由をあげつらって、いやそれはやっぱりダメかな…となる人が多いのではないだろうか。でも、本作が最高なのはマリア・ブラウンはそんな葛藤などせずに全てをチョイスしていくから非常に小気味よくてどんどんその人物像に引き込まれていくのである。
あと、俺が観た回は上映後に本作の字幕も手掛けた渋谷哲也の解説トークがあってそこでも触れられていたから受け売りのようにもなるが、本作は戦後ドイツの社会的な状況と非常に密接にリンクされていてそこも大変面白かった。端的に言うと戦後すぐのドイツ社会、まぁドイツに限らず日本でもイタリアでも、また戦勝国でもそういう傾向はあっただろうがとにかく戦争の後っていうのは男手が少ないんですよ。兵士として死んでいたり捕虜になっていたり、また生還しても四肢を欠損して社会復帰するのが難しかったりと社会全体から男という存在がごっそりと抜け落ちるんですよね。敢えて嫌な言い方をすればマリア・ブラウンという女はその空隙ともいえるブランクに付け込んで社会的に大成した人間だとも言えるだろう。事実、映画としてもモロにそのことは意識していて作中の最重要ポイントとしては冒頭とラストのシーンでラジオから流れてくるニュースによって戦後ドイツの状況と物語の状況がリンクするように演出されているのだ。ネタバレに配慮して言うならば、まぁラストの方はドイツの戦後が終わって男たちが社会に復帰してきたのを示し、それが戦後の女性として生きたマリア・ブラウンの運命に決定的な変化をもたらして終わる、というラストシーンになっている。その物語の引き際のインパクトは凄まじかったし、正に運命としか言いようのない描き方で主人公の心情に奥行きを与えているのは凄い演出力だと言わざるを得ないですね。
ラストシーンのマリア・ブラウンは本当にかわいいんだよな。そこもまた面白いところで、本作がメロドラマであり愛の物語でもある所以だと思うけど、マリア・ブラウンという主人公が当時としては先進的な女性像を描きながらもその一方で夫のために生きているという旧態依然とした家庭の中の女という一面も持っていて、ラストは少なくとも男から見たら「かわいい妻」の姿が炸裂しているんですよ。そしてそれがまたラストシーンに深みを与えているとも思う。多分だが、それはファスビンダーの狙い通りであろう。本作は全編を通じて女への愛情や尊敬と共に包み隠さない嫌悪も混じった映画であったと思う。その表現の生々しさは現代でも胸に来るものがあるので78年当時だといかほどの衝撃であったか想像も及ばない。だが何にせよ、それらを全部ひっくるめた女の描き方というのが本作の最大の魅力であろう。ラストの一連のシーンにワールドカップの実況を重ねたのはもう凄いとしか言いようがない。どういう映画だったのかということを外部からの声で全部説明してくれてるもん。あんなにキレてる演出久しぶりに観たよ。
ちなみにフランソワ・オゾンがファスビンダーの大ファンらしく最近リメイク作も公開していたが、そりゃそうだろうなと思ったよ。俺は最初に書いたように本作が初ファスビンダーだったがオゾンはそりゃこの人の映画好きだろうさ。
まぁオゾンはいいとして、女の一代記として単純に面白くもありつつ、当時はいくらでもいたであろう戦争未亡人という個の物語を描きながらそこに戦後ドイツ史を照射するというミニマルな対象から社会を描き出すというラディカルフェミニズム的な手法も冴えに冴えてぴったりハマっているというめちゃくちゃ面白い映画でしたね。最初に書いたように映画を観る前は『おしん』的な女が耐えまくるお話だと思っていたから本当に意外で面白かった。冒頭から湿っぽさはゼロで本当に剛腕としかいようのない腕力で映画の中に引き込まれるからね。画面を埋め尽くす赤い字幕が格好いいんだ、また。
中々観る機会は少ないかもしれないですがチャンスがあれば是非観るべきだと思いますね。超おすすめするよ。
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