ヨーク

オオカミの家のヨークのレビュー・感想・評価

オオカミの家(2018年製作の映画)
3.8
公開直後からやたらTwitterやらブログやらで好評を博して上映館の一つである渋谷のイメージフォーラムでは平日でも満席が続出するというミニシアター系で尚且つアート系の映画としては異例のヒットを飛ばした『オオカミの家』ですが、いややっと俺も観ることができましたよ。んでまぁ、率直な感想としては面白かった。面白かったけど、思ってたよりも難解なアート作品という感じではなくて結構ストレートなホラー映画だったなという印象でしたね。
お話もアート色が強い作品と比べたらしっかりとあるので印象よりもずっと映画には入り込みやすい。ホラー映画としてはままある感じで、チリ南部の相互扶助で成り立っているような田舎町で主人公の女の子はブタの世話をしていたんだけど、うっかりそのブタを逃がしちゃうんですよね。その集落では厳しいしきたりがあるようでブタを逃がしてしまったとなるとお仕置きが待っている。それを恐れた主人公は罰を受けるくらいならいっそ…ということで町から脱走するんですよ。そしてある小屋に辿り着いてそこに隠れることにしたのだが彼女を探すオオカミの声が森から聞こえてきて…というお話ですね。
そのオオカミとは何なのかとか、主人公が逃げ出した集落の実態は…とか色々あるのだが、ただその辺は後述するとして、これはあくまで個人的なことで映画の内容には直接関係はないのだが本作の感想文を書く上で触れないわけにはいかない部分として書いておくが、俺実は本作を観る数日前に風邪を引いて39度というそこそこの高熱で寝込んでたんですよ。ま、でも熱出てから5日くらいは経って平熱に戻ったし、当然インフルも新型コロナも陰性だったしということで座って映画観るくらい大丈夫やろ、ということで出かけることにしたんですよ。そういう状態でまだ本調子ではないまま所々でウトウトしながら(風邪引いてなくても俺は寝るけど)観たわけですけどね、本作ではそれが映画体験としてすごいプラス方向に働きましたね。
というのも本作を観た人なら分かると思うけど、この映画はストップモーションのアニメによって千変万化するめくるめく映像表現と奇抜な色彩とがアーティスティックに表されていて主人公の心象風景なんかが怒涛の面白映像で押し寄せてくるんですよ。それらの映像をだね、熱こそ引いたもののまだボーっとする脳みそで受け止めたもんだから高熱でうなされているときに見る悪夢が正に眼前に顕現したような臨場感があったのだ。まだ風邪引きモードだった俺の脳はそのイメージの奔流のような映像を浴びながら、その中から何かしらのテーマだとかメッセージだとかを探し出そうとはせずにただ流されるままに押し寄せてくる悪夢的な映像の中を漂っていたんですよね。それが非常に心地よかった。多分普段の俺ならそれらの抽象化された映像の中からコロニア・ディグニダがどうとかナチスと退廃芸術がどうとか読み取ろうとしたと思うんだが、病み上がりの俺の脳にはそんな余裕はなく、そして結果として何も考えずに観た方が面白い映画だったなという気がしましたね。
そうそう、今サラッと書いたけど本作はコロニア・ディグニダを取り扱った作品で、さらに同時公開された短編『骨』と同じように発掘された過去の映像作品を修復して公開するに至ったという「設定」があるんですよ。そこはなんつうかな、映画の世界に入るために非常に効果的な「設定」として機能していて本作の胡散臭さと不気味さの底上げをすることに大きく寄与していると思うのだが、ある意味ではノイズであるとも思うんですよね。というのもこの映画はコロニア・ディグニダを取り扱ってはいるがその固有の問題に深く切り込んでいるということは全くなくて、その雰囲気を利用しているという単なる隠し味程度の役割でしかない。別にコロニア・ディグニダじゃなくてオウム真理教でもいいし『ミッドサマー』のホルガ村でもいい。とにかくそれっぽい雰囲気を醸し出せればいいという感じなのだ。
それって何というか、こう言うと本作のファンには怒られるかもだけど由緒正しきB級なホラーの作りだよね。ビジュアルは確かにアーティスティックな感じでかっちょいいけど、本作は結構正統的なというか、どっちかというと見世物的なB感が漂うホラー映画だったと思うよ。ま、そこに非常に質の高い奇妙でおどろおどろしいストップモーションアニメが付いてくるっていうのが他にはない面白いところなんだけど。だから何て言うのかな、余り深読みしてあぁだこうだと考察するよりもその悪夢的世界をただ受け入れるのが正解っていうか美味しい楽しみ方じゃないかなって思うんですよね。
だから俺が病み上がりのボヤボヤした頭で本作に臨むことができたのは実に僥倖であった、と思いますね。とてもハッタリの効いた映画なのでその悪夢的ハッタリの世界にどっぷり浸かりながら楽しむのがいいのではないでしょうか。ホラー色強めの『不思議の国のアリス』とかそれくらいでいいんじゃないかな。それでいくと中々に面白い映画でしたね。
あと映像面がよく褒められてると思うけど個人的には音が気持ちいい映画でもあった。こればかりは実際に観てもらわないと中々説明できないんだけど、SEとかが小気味よくて不気味でいいんだよ。その辺もしっかり作り込まれてて面白かったですね。
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