ヨーク

ドリー・ベルを覚えているかい?のヨークのレビュー・感想・評価

4.0
エミール・クストリッツァといえば近年プーチン支持者であることが明らかになって個人的にも「えー!? マジかよー!」となってしまった監督なのだが、それはそれとして本作『ドリー・ベルを覚えているかい?』は面白かった。なんでもクストリッツァのデビュー作らしいが、個人的には氏の代表作である『アンダーグラウンド』より好きかもしれない。いや流石に『アンダーグラウンド』のように映画史に残るような作品かというとそんなことは全くなく、むしろ青春映画としてはよくあるような感じではあるのだが、まぁそこは好き嫌いですからね。俺はこういう映画好きだなー、ということですね。
よくある青春ものと書いたが、お話は旧ユーゴスラビアのサラエヴォで暮らしている少年ディーノが主人公で、彼の一家は経済的には貧しいのだが父親はかなりガチガチな共産主義者で口では理想を唱えるものの甲斐性はないくせに酔っ払って帰ってきて妻にも暴力を振るい呆れられるような男。でもディーノはディーノで飼ってるうさぎ相手に催眠術の特訓をしているような変わり者で、さらに街の文化力を高めるためとかいう大義名分がありつつも絶対担当者の趣味なだけだろうというロックバンドの結成にも巻き込まれてバンドの練習もすることになる。そんなある日のこと、さらにさらに外国映画に登場するストリッパーであるドリー・ベルに心奪われたディーノだが町のごろつきシントルから見知らぬ女を匿えと命令される。その女の名前がなんとドリー・ベルで彼女を匿っている内にディーノは彼女に恋心を抱くようになる…というお話です。
もうね、簡単に紹介しようと思ってもあらすじがまとまらないんですよ。でもそれこそがこの『ドリー・ベルを覚えているかい?』という映画の素晴らしいところであり、青春というものの本質でもあると思う。上手くいかない家庭内の問題や、不良っぽいことに憧れてタバコ吸ったり喧嘩したりすることや、何か知らんけど成り行きでバンド組むことになって練習は面倒くさいけど存外に楽しかったりもすることや、初恋を経験するものの思ったように上手くいくわけではなく自分が子供であることを痛感させられる無力さを叩きこまれることとか、それらが全部同時にやってくるのが青春ってもんなんですよ。
心の準備が何もないままにとても処理しきれない出来事が毎日のように立て続けに起こっていく。そこで自分が下す決断や起こす行動も何でそんなことをしているのかは分からずに、それがどこへ続いていくのかも分からない。”青春”というものを考えるときに俺の中では一つのマスターピースというかその全てを表しているだろうという一節があって、それは真島昌利が作詞したタイトルもそのまんま『青春』という歌の中の”つららのように尖って光る やがて溶けてく 激情のカス”というフレーズなのだが、本作も正にそのような映画であったと思う。
本作以降から『パパは、出張中!』を経て『アンダーグラウンド』へと続くクストリッツァのフィルモグラフィーを考えれば本作はよくある青春ものにしか思えないかもしれないが、彼の原型とも言えるものはすでに本作の中で十全に発揮されていて、刺さりそうなほど尖って光るものがやがて溶けて失せていくがそれは世代を越えて繰り返される、という狂乱にも諦観にも似た視線はすでにここにあるのである。本作のタイトルがまるで数十年後の主人公に語りかけるようなものになっているのもそういう印象を受ける。その辺を含めて観ると、よくある青春ものではあるもののクストリッツァの処女作としては非常に興味深いなぁとなるのである。
まぁ単なる青春ものとして観ても後半の父親との対話とかも凄くいいし、グッとくるところは多いのではないだろうか。なんとなくだが北野武の『キッズリターン』的な雰囲気もあって好き。家族とかバンドとか恋とか全部とっ散らかったまんまで過ぎていく、でも根拠はないけど明日は今日よりいい日になる気がする。その感じ、青春だねって思うよ。
いやー、これは面白かったですね。共産国家だろうが資本主義国家だろうが、時代が現代でも2000年前でも、多分少年ってこんな感じだよって思えるところがある。なんでプーチンに心酔してるのかは知らんけど、やっぱクストリッツァは凄い映画監督だなって思いましたよ。面白かった。
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