ヨーク

ファースト・カウのヨークのレビュー・感想・評価

ファースト・カウ(2019年製作の映画)
4.1
別に自慢ではないがケリー・ライカートは数年前に本格的に日本で紹介されたときに観られる分は全部観ていたので、今さら新進気鋭のインディーズ監督! と言われても、まぁ知ってたけどねという感じなのだが、何はともあれイベント上映とかではなくて普通に一般上映されたのはめでたい。まぁ最新作である『ショーイング・アップ』はA24特集的なイベント上映なのでまだまだ売れる映画という地位は築いてはいないのかもしれないが、しかし本作『ファースト・カウ』も俺が観た回では8割くらい席が埋まっていたので全然健闘ではないだろうか。ケリー・ライカートでこれだけ客が入るのなら上手く宣伝すればアンゲラ・シャーネレクも何とか一般公開できないだろうか。いやそれは厳しいか…頑張ってくれ配給会社の人。
まぁそれはともかく、面白かったですよ『ファースト・カウ』まぁ俺は元々西部劇が好きだしケリー・ライカートも好きな監督なのでそりゃ間違いはないわなという感じでした。お話は相変わらず非常にシンプルかつミニマルなもので、ある女の子が犬の散歩かなんかしてたら河原みたいなところで二体の白骨死体を見つけるんですよね。んでそこからお話はおそらく19世紀の半ばから後半だろうと思われる(正確な年代は出ない)西部開拓時代に飛んで、そこでケーキ作りを学んでいた白人クッキーと世界中を旅してきておそらくゴールドラッシュ真っ只中のアメリカで一山当てようとしている中国人移民のルーとが描かれる。メインとなるのはその二人の友情話というところなんだが、一応お話のフックとしては彼らが拠点としている開拓村に一頭の牝牛がやってくるんですね。タイトルにもある『ファースト・カウ』なわけだが、そんな牛さんはトビー・ジョーンズ演じる仲介商の持ち主なんだが抜け目ないルーはお菓子作りのできるクッキーに「あの牛の乳を盗んでドーナツ作って売ろうぜ!」と持ち掛ける。そのドーナツは甘味に飢えてる開拓村では大ウケするのだが…というお話。
ドーナツ作りでアメリカンドリームを手に入れる! と書くとサクセスものの景気のいい感じもするのだが、そこはケリー・ライカートなので分かりやすいエンタメ感や娯楽要素というのはほぼない。じゃあ何を描いているのかというと開拓村の様子や森の自然や男二人の静かな友情、といったもので他の人も感想でよく言っているようにすやすや系の映画である。ただこっちとしてはそういうのを観たいからケリー・ライカート作品を観に来ているわけなので全く何の問題もない。むしろ思ってた通りで最高でした。
ただアレですね、本作に関して「今までになかった西部劇」とか「反男らしさを描いた映画でトキシックマスキュリニティがどうたらこたら」みたいな感想を見ると、それはどうかなぁ、とは思いますね。個人的には別にそういう映画ではないと思うし、むしろ本作がそういう風に見えるというのはどういうことかということを描いた映画だと思ったんですよね。
本作に於いて最も重要なのはオープニングのシーンだと思う。オープニングで少女だったかいい年した女だったか忘れたが、その人が白骨死体を見つけるというシーンね。上にも書いたように本作はその二体の寄り添うような白骨死体を映してから西部開拓時代の本編が始まるという構成なんですよ。あったのは骸骨だけ。それの何が重要なのかというとだね、この映画の本編である二人の男のアメリカンドリームを夢見た友情物語というのはその少女が二体の白骨死体から想像しただけの夢物語なのかもしれないということですよ。骸骨と一緒に手帳のようなものがあってそこに日記形式とかで二人の物語が書かれてあった、というのならまだしもそういうわけでは全くない。何となくこういうことがあったかもしれない、というだけのことなんですよね。この虚実の定まらない与太話感が非常に良いなと思った。ケリー・ライカートの西部劇といえば『ミークス・カットオフ』があるがあれも虚実を巡る物語であった。また西部劇ではないが『オールド・ジョイ』なんかも男同士の微妙な友情のすれ違いを描いていたが、そこにあるのが友情なのかそれ以上の感情なのかは決してハッキリと語られることはなく、森林の奥深くへと溶け込んでいって曖昧になるような映画であった。そのようにライカートの作品って作中でハッキリとした答えを出したりはしないんですよね。ただそれでも、今までは劇中で行われていること自体はちゃんとそこで起きたことだという体で語られていたのだが本作に至ってはそこまで曖昧になってしまったということなのだ。そこが面白いですよね。現代(多分)で生きている少女か成人女性かが二つの白骨死体からただ夢想しただけの物語かもしれない、というこの身も蓋もなさ。もし10歳くらいの少年だったらガンファイトがメインの西部劇になったかもしれないし、スーパーヒーローものになったかもしれない。もし本作が「従来の西部劇とは違う角度で男らしさ以外の価値観を描いた」と思っている人がいたのだとしたら、それは単にそういうものを観たかっただけでしょう、とライカートが言っているように俺には思えた。個人的にはそこが本作で最も面白いところだったな。
だってラストの終わり方とかあのまま二体の白骨死体に繋がるかっていうと結構微妙じゃないですかね。一人は怪我してたけどもう一人は元気だったし。あれは単に女の子がお腹減ったから妄想をやめて家に帰ったんじゃないかな。そう書くとあの二人の友情なんて何もなかったのだと思われるかもしれないが、ま、でもそれこそが豊かだということなんじゃないでしょうか。俺にはそう思えたな。
まぁ劇中が妄想かどうか(それこそ俺の妄想のようなものなので)はともかく、とても豊饒な世界を描いた映画ではあったと思う。行き場のない二人の先が見えない冒険は『ウェンディ&ルーシー』のようでもあったし、ケリー・ライカートの集大成的なところはあったのではないだろうか。あと、別の監督だがレミ・シャイエの『カラミティ』も与太話感のある西部劇で本作を観ながら思い出したな。あれもいい映画だった。
まぁそんな感じで俺としては大変楽しめました。牛もかわいかったしドーナツも美味しそうだったし。あ、あと夢か現かみたいな話だと途中である人物が怪我して介抱されてたシーン、原住民みたいな人が太極拳的なダンス? かなにかしてたけどあれも現実なのか夢だったのかよく分からない感じで面白かったですね。この感想文だとやたらドリーミングな西部劇という印象を受けるかもしれないが、しかし西部劇というものは本来これくらい豊かな風景を持つジャンルの一つで、西部劇といえばガンアクションしか思いつかないというのは非常に視野の狭いイメージしか持てていないな、とは思いました。
それを思い出させてくれるのがこの『ファースト・カウ』でした。面白かった。
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