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アントマン&ワスプ:クアントマニアのsanbonのレビュー・感想・評価

3.7
遂に「アベンジャーズ」へと走り出した物語。

今作を皮切りに「フェーズ5」へと移行した「MCU」は、それと同時に「サノス」以来の大ボスとなる「カーン」を登場させ、そしてそれを早々に討ち倒す展開を描いた。

これには、大ボスと謳う割には「強いのやら弱いのやらよく分からなかった」という意見が散見され、ここが評価を二分している要因ともなっている気がするのだが、有識者曰くカーンの描き方はどうやらあれで"正解"のようである。

そもそも、大前提としてカーン自身はなんの能力も持ち合わせていない"ただの人間"であるという設定が根底にある。

なので、生身のカーンであればヒーローならばワンパンで沈められるくらい弱い。

ただし、そんな彼は"31世紀"からやってきた"未来人"である為"1000年先の科学力"を有しており、この"技術力の差"がアベンジャーズにとっての明確な脅威となっていると言える。

しかし、カーンが真に恐ろしいのは実はそこではない。

彼は、自分の本来いるべき時代では誰からも注目されないいわゆる"日陰者"で、その上ただの"ヒーローオタク"なのだが、彼自身のパーソナルは自分本位なエゴイストかつ、言葉巧みに虚実を捻じ曲げる承認欲求と自己顕示欲の化け物であり、それが拗れに拗れた末に未来の科学力を武器に数多の「タイムトラベル」を行い、その時代の征服者となっている事にあり、これによりカーンが「歴史改変」を行った数だけ次元が枝分かれし、無数のカーンが様々な「アース」に存在する事となり、それらが全てアベンジャーズの敵となる事にあるのだ。

それに加えて、カーンはヒーローオタクだから、アベンジャーズ全員の弱点も熟知しているので、そこも含めて難敵である。

今作でも、最終決戦において「アントマン」のマスクを真っ先に破壊し、縮小拡大を出来なくさせていたりする。

しかし、この"同じ思想の自分"が複数いるという現象は、カーン本人にとっても予想だにしない結果をもたらした。

それぞれのアースに散らばったカーンが、今度は互いのアースを征服しはじめたのだ。

つまり、カーンの敵はカーンであり、カーンの脅威はカーン自身となってしまったのである。

と、ここで一旦話は逸れるが、ドラマ「ロキ」について語るべき事がある。

この作品にも、今作とは別アースのカーン「在り続ける者」が登場し、このような事を言っている。

この世界には「神聖時間軸」というものが存在し、これこそが"次元の本流"であり、ここから時間軸が分岐する事により起こる、"現実の崩壊"を阻止する為に「TVA」を創設したのだと。

そして、それを統治、安定化させている自分が消えると、狂った時間軸から別の自分が大挙して押し寄せるのだとも言っていた。

しかし、その忠告を無視してロキは在り続ける者を討ち倒す。

この話を鵜呑みにしてこれから起こる事を想像してしまうと、戦犯は明らかにロキなのだが実はそうではない。

カーンは、先述した通り言葉巧みに虚実を捻じ曲げて自分の都合の良い状況を作り出そうとする厄介者である。

すなわち、在り続ける者は神聖時間軸の統治者でもなんでもなく、そもそも神聖時間軸などというものすら本当は存在していないのだ。

どういう事かというと、神聖時間軸と在り続ける者が言っている概念は、別アースの自分に侵略される事のない"自分にとって都合の良い"時間軸の事であり、その危険を排除する為の枝切り部隊がTVAなのである。

そして、それを企てていた自分がいなくなり、その作業を仕切れなくなれば、直ぐさま枝分かれした次元が生み出した別の自分がやってきて、この世界線を破壊しようとしてくるという訳だ。
(ちなみにドラマロキは、この立場に疲れた在り続ける者が、自分の後釜にロキを擁立しようとして失敗する話)

つまり、真実はロキが在り続ける者を倒した事がカーン増殖を招いた訳でもなく、神聖時間軸が崩壊したから世界が危機に瀕している訳でも無いのだ。

それを、あたかも全ての次元にとっての最重要事項のようにとりなそうとしていたのだから、この事実を踏まえるだけでも、カーンがいかにヤバい敵かが理解出来るだろう。

カーンの言う事はなにも信じてはいけない。

更に、カーンの存在は「ドクターストレンジ/マルチバースオブマッドネス」で示唆された「インカージョン」にも多大なる悪影響を及ぼしている。

インカージョンとは、多元宇宙が増え続ける事により、それぞれの世界の距離が近づきすぎてしまう事で起こる"対消滅"を指している為、いずれは必ず起こり得てしまう現象なのだが、それをカーンが時空間を移動し改変しまくる事により、様々な可能性のカーンがねずみ算式に分岐し続け加速度的に早める結果となっている。

この事からも、カーンは全ての次元に害をなす、明らかなる倒すべき敵と言えるのだ。

しかし、なんでそんな敵を今回アントマンが倒す事が出来たのか。

それは「量子世界」にいる「スコット・ラング」だったからこそ、むしろそれを成し得たのだと言い換える事が出来るだろう。

何故なら、カーンの強みはタイムトラベルと歴史改変による危機回避と修正能力によるものが大きいが、量子世界にはそもそも"時間という概念がない"からだ。

だからこそ、あのカーンは自分の身に起きる未来を知る事が出来なかったし、その能力が発揮出来ないからこそ別アースの自らの手によって量子世界に追放された訳である。

つまり、カーンにとっては悪条件なうえ、装備も不十分なバッドコンディションだった事が、今回の勝利を引き寄せるに至ったのだ。

更に「人生は意味不明」という言葉も、実は必勝の鍵となっている。

今作はこの言葉で始まり、この言葉で終わるようになっている。

これは、前科者からアベンジャーズとなり、世界の救世主となったスコット・ラングが主人公の今作だったからこそ通用させる事の出来た"行動原理を表す言葉"として強い説得力を生み出している。

今作のスコットは、一も二もなく家族、中でも一人娘である「キャシー」の為ならどんな苦労も厭わず行動する姿が象徴的に描かれる。

普通は、圧倒的脅威や恐怖に晒された時、人は自分のとる行動の先を想像してしまい、二の足を踏んでしまったり尻込みをしてしまうものだが、スコットはキャシーの為ならどんな危険にも後先なく無鉄砲に飛び込んでいく。

これには、自身の身に起きた予想だにしない出来事や経験を基準に、先の事を考えたって意味が無いのなら今自分が出来る事、とるべき行動を思うがまま実行に移すべきという確固たる信念が内包されており、だからこそ「エネルギーコア」の中に果敢に飛び込んでいく姿も、約束を破られ巨大化して激昂しながら要塞を破壊する姿でさえ、ちゃんと一本筋が通った行動として違和感を感じないのだ。

そして、そこまでキャシーに対してなら一切ブレずに捨て身になれるからこそ、カーンの揺さぶりにも動じずひたすらに立ち向かえる動機にもなっていたし、なにより「可能性の渦」で無数に分裂したスコットが、ある一つに対して収束していく様は非常に感動的となっていた。

このように、今作でのスコットの選択は人生は意味不明という言葉を軸に、キャシーという最愛の存在を原動力として、そう思っているからこその行動原理に上手く説得力を生み出せていたように思う。

これらを踏まえれば、フェーズ5をアントマンから始めた意味や、何故初っ端から大ボスをアントマンにぶつけ完全勝利させたのかなど、全てにおいて大納得の理由付けである。

そして、最後に全部を掻っ攫っていったアリの軍勢を引き連れて登場する「ハンク・ピム」。

カーンの「アリと話せるだけのくせに!」という捨て台詞に対する「アリと話せるだけだが?」的な返しにはめちゃくちゃ痺れた。

それだけの男にお前は負けたんだ。

今作は、家族だからこそ言えなかった事、家族だからこそ信じられるものなど、家族をテーマに一貫してストーリーが展開されており、それが舞台や設定とも上手くマッチするようよく練られた脚本だったように思うが、その反面、映像的には既視感の絶えない描写ばかりで、量子世界を描いている割には目新しさなどは感じられず、フェーズ5の序章という事もあり全体的には大人しい印象を強く受けた。

とにかく、正直かなりしんどかった「フェーズ4」がようやく終わり、これから停滞していた物語が徐々に動いていく事を考えても、十分に期待の持てる佳作にはなっていただろう。

フェーズ4が始まった当初は「シャンチー」の「テンリングス」がめちゃくちゃ重要だと思ってたのに、じゃあフェーズ4って一体なんだったんだ⁉︎

それにしても、次のアベンジャーズまでまだあと2年あるって…。
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