幽斎

ウィズアウト・リモースの幽斎のレビュー・感想・評価

ウィズアウト・リモース(2021年製作の映画)
3.8
今が旬の俳優Michael B. Jordan主演のアクション・スリラー。「クリード 炎の宿敵」バジェットだけでなく「黒い司法 0%からの奇跡」ナイーヴな役まで幅広く演じる実力派。NBAレジェンドと混同を避ける意味でB.を付けるが、只の筋肉俳優では無い。メジャー・パラマウント製作。Amazonスタジオ配信。AmazonPrimeVideoで鑑賞。

「スリラー」一口に言っても私の生涯1位作品「SAW」どんでん返し系ばかりでは無い。原作は小説の世界で「テクノスリラー」と呼ばれ、テーマとして政治、軍事、諜報、陰謀の脅威を扱う。サイエンス系ではMichael Crichton、映画で言えば「ウエストワールド」「コーマ」。皆さん大好き「ジュラシック・パーク」も原作はスリラー。そして、軍事外交と言えばテクノスリラーの父Tom Clancy、本作の原作者。

Clancyのデビューが稀代の傑作「レッド・オクトーバーを追え」主人公はスパイでは無いCIAアナリストのジャック・ライアン。最先端のキャタピラー推進システムで潜水艦の位置が特定できない、ロシアのステルス原子力潜水艦が登場。リアリティ有る作風は、Ronald Reagan大統領の愛読書として有名。Sean Connery主演で映画化され大ヒット。その後もHarrison Ford主演「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」。Ben Affleck主演「トータル・フィアーズ」。一時代を築いた。

小説も「日米開戦」「米中開戦」「米露開戦」「米朝開戦」魅力的なタイトルが並ぶ(笑)。日本語訳で出版された本なら全て読んだが、どれも外交問題をリアリスティックに語り、テクノスリラーらしく小説の世界で初めてドローンと言う概念も登場。雑誌のインタビューでジョン・リーマン海軍長官に「誰が情報を漏らしたんだ」と真顔で聞かれる程、空想では無い事実に立脚した、素晴らしい作品を数多く残してくれた。

原作「容赦なく」新潮文庫。「今そこにある危機」その後を描き、NATOの枠を超えた多国籍特殊部隊「レインボー」設立前を描く。系譜としてはジャック・ライアンシリーズだが、原作での彼は1歳。主人公は海軍特殊部隊「Navy SEALs」ジョン・ケリーが、CIA工作員ジョン・クラークを名乗るまでを描く。原作は映画よりも数段面白い、ブックオフなら100円で有るかも(笑)。

小説も映画も大成功を収めたClancyだが、世代に依ってはプレステで知る方も居るかな。私もプレイステーション4までヤリ込んだが、今は映画を優先してトンとご無沙汰。特殊部隊レインボーのゲームが此方「Tom Clancy’s Rainbow Six」シリーズのトレーラー、そりゃ映画より面白いのは間違いない。
https://www.youtube.com/watch?v=wGi9tRfHaLQ&ab_channel=UBIJAPAN

刊行の翌年から映画化は進められ「地獄の黙示録」名匠John Milius監督、ジョン・クラーク役はKeanu Reevesで製作される筈だったが、ジャック・ライアンシリーズの映画化権を保有するパラマウントと制作会社の折り合いが悪く頓挫。その後「スパイ大作戦」映画化を成功させ「ミッション・インポッシブル」シリーズを手掛けるChristopher McQuarrie主導でTom Hardy主演。「エージェント:ライアン」Kevin Costner共演で「容赦なく」製作、されそうだったがHardyが「ヴェノム」優先で降板。4年後にやっと製作されたが、初めから続編をTVシリーズ化する前提で製作。が、COVIDの影響で劇場公開出来ず、頭にキタ(笑)パラマウントは「このプロジェクトは呪われてる」と、権利をAmazonスタジオに売り払った。

あくまで前日譜と言う設定で製作したので製作陣は豪華メンバー。Stefano Sollima監督と脚本家Taylor Sheridanは「ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ」コンビ。手慣れたジャンルで、風景シーンが何気に綺麗とか、アクションの緩急も古い言葉で言うスリリングで「動と静」のインパクトも秀逸。ロシア戦闘機の撃墜とか、Clancyの映画を観てる気分に浸れる。

本作はアメリカで酷評されてる。それは原作「容赦なく」読了してるから。ジョン・ケリーが妊娠中の妻を不慮の交通事故で亡くす時点で原作と大きく違う。更にパムと言う家出少女がケリーの妻の名とか、復讐相手も麻薬密売人からFSB(元KGB)に改変。原作と異なり黒幕の動機も陳腐、無理矢理感の有る意外性ではテクノスリラーも看板倒れ。言い忘れたが小説ではテクノスリラーだが、映画ではポリティカル・スリラーと言う。主人公はスパイでは無くSEALsなので、正しくはアクション・スリラー。

原作ファンから謝罪要求されても仕方ない点は、私も同感だがClancyを、そのまま映画化はムリ、それは時代性。小説は今読んでも素晴らしく面白いし興奮すら覚える。ソレはロシアが秘密のベールに包まれた存在だから。去りとてハリウッド最大のお客さん中国を敵に回す訳にも逝かない。自分達が散々掻き回した中東なんて以ての外。もう、分り易い敵はこの世に存在しない。令和のテクノスリラーは、仮想通貨やブロックチェーン等のサイバー空間が主戦場、原子力潜水艦やステルス戦闘機は脇に置かれてる。原作のプロットは頂戴しても、良く吟味する必要が有る。

しかし、本作には希望を感じるフューチャーも有る。それはMichael B. Jordanその人。彼はハリウッドでは「inclusion rider」推進者として知られ、Chadwick Boseman亡き後、期待を一身に集める。ブラック・ライヴズ・マターの次の視点とも言える、インクルージョン・ライダー。日本語に訳すと「公正条項」字面だけ見ると日本人でも?と為るが(笑)、噛み砕いて言えば俳優が出演契約を交わす際、キャストやスタッフの多様性を認める事。Jordanが「黒い司法 0%からの奇跡」出演の際にハリウッドで初めて明文化したのが始まり。原作の主役や上官は全て白人、その多くを黒人に変更した。007ですら黒人や女性俳優が検討される時代。テクノスリラーの新時代として諸手を上げて歓迎したい。

テクノスリラーは歌舞伎と同じで「様式美」も大切、作品は凡庸でも暇潰しには十分かと。
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