垂直落下式サミング

ボーはおそれているの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.0
週末の映画館。やけに若い女の子が多いなと思ったら、ハイキュー劇場版でしたか。ボーはオッサンオバサンだらけでした。
アリ・アスターの三作目。不安を抱えた男が母のもとへ訪れようとするが次々とトラブルに見舞われる物語は、前作二作よりもずっと前から構想されていたらしい。
主演ホアキン・フェニックスが、心配性の中年おじさんを演じて、開幕からちゃんと裸芸で笑わせてくれる。だらしない身体のおじさんがフルチンで公道をてこてこ駆けていって、警官に銃をむけられ怯えていると唐突に車にひかれる。急に事件が起こって場面転換。そこから支離滅裂に突っ込んでいく。
カメラはずっとボーに着いていって、彼の視点でのみ物語が語られる。精神を病んだ人がみている世界ってもんを追体験することになるが、精神病ルポってほどわかりやすくはない。でも、総合芸術としてエンタメに仕上げる手管も理性も持ち合わせる。まったくイキッてないし、キマッてもない。
アリ・アスターは、前二作よりもハッキリと自分のことについて語ってるような気がした。ハガレンの人が銀の匙を経て百姓貴族を書き始めたときのような、エンタメ要素を担保しつつ私小説へシフトの動き。堅くキャリアを重ねる作家主義の人ですね。
こういうジャンルは、「辛い日々もあったけどとりあえず健康になりました」とか、「ある程度世間との折り合いの付け方はわかってきました」みたいな健常のメンタルまで立ち直った人が、あの頃の自分を客観視して書くと思うんだけれども、本作は一応は病棟移ったけどまだ経過観察は必要ってぐらいの不健全な薫りがプンプンする。シラフのホンモノ感といいますか…。失礼なこと言ってますが、唯一無二だと思います。
アリ・アスター作品の好きなところは、非常に独特な世界観を描いていながら、あんまり熱をもって押し付けてこないところ。世界の混沌を描いていながら、「世界は病んでいる!直視せよ!」みたいに上から啓発してくる感がほとんどない。「こんな現実もあります。あなたはどう思われますか?」と、観客に試しを与えるにとどめている。説教臭くないところがいい。
アリ・アスターやっぱオカシイんだよな。三作続けて、ニンゲンの精神性は信じるに値しないと主張し続けて、呪いを振り撒いて、目元の笑わない不気味な笑顔でへらへらして。ほら、セカイも、ココロも、ニンゲンも、こんなにも脆く、弱く、不愉快で、それらは信頼する価値がない。こういう世界に生きていたくないでしょう?って圧倒的虚無主義を提示してくる。
ネガティブを振り撒くだけ振り撒いて、後フォローとか野暮なことはしない。これは創作の絵空事なのだという安息を与えないまま、変な感じに締め括られて宙ぶらりんで終わってしまう。観客に「このセカイには救いなんてない」と強烈に思わせる結末のみを、高品質に仕上げて観客に放り投げる。誠実なのか不誠実なのか、よくわからない作家だ。
提供されるのは、既にそこそこ不幸なのに、さらにじっくりと不幸になっていくニンゲンの姿のみ。負の感情が正に転じることはない。一度沈んだら浮かばない。呪いを呪いのまま、毒を毒のまま、アナタにお届け。メンヘラとみせかけて、完全シラフでこれやってるのが困る。