ヨーク

アリスとテレスのまぼろし工場のヨークのレビュー・感想・評価

3.9
多分かなり遅い方だと思うが岡田磨里という名前を初めて知ったのは『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』だったが、これは序盤の数話は信じられないくらいに面白かったんだが中盤以降は反転するかのように信じられないくらいつまらないアニメだった。しかし俺の感想とは別に『あの花』は大ヒットしてそれ以降岡田磨里の名前もよく見かけるようになったのだが『峰不二子という女』が完全にビジュアルに負けているお話だったこともあってそんなにグッと来ない脚本家という感じだったんですよね。しかし結構最近、これもかなり遅れてだと思うが初めて見た『鉄血のオルフェンズ』はかなり面白かった。これが面白かったので新作で尚且つ脚本のみでなく岡田磨里監督作品ともなるこの『アリスとテレスのまぼろし工場』も観てみるか、となったわけです。
そういうわけなので岡田磨里監督作品はこれが初ですね。んで結論から言うと面白かった。大絶賛というほどの手放しではないが面白かったですよ、これは。岡田磨里といえばドロドロな人間関係のドラマ、というのがよく見られる評価で、それ自体には俺も特に異論はないし本作でもそういう粘度の高い人間関係は描かれていたのからそれが彼女の作劇の核にあるものなのは間違いないとは思うが、今回良かったのは『鉄血』でもそうだったように停滞に対する不満とそこから生まれてくる強烈な未来志向であった。極端に言うなら、明日のためなら死んでもいい、というくらいの前のめりさである。その青臭さはいい部分もダメな部分もどっちもあると思うのだが、そこもちょいちょい自覚的な描写がありつつ、青春ものとしての若さのカタルシスもありでトータルとしてはいいところに落ち着いてたんじゃないかなと思いますね。
お話は結構込み入った時間SF的な感じなんだけど、ある製鉄工場の事故によって町の外へ行く交通網が遮断され、時間さえも止まってしまった田舎町が舞台のお話です。どうやら2~3年とかのレベルではなくて10数年レベルで時が止まって変化のない同じ時空間をループし続けているらしい町の中で主人公が事故現場である製鉄所内でとある少女に出会ったことから少しずつ変化が…というあらすじですかね。
このあらすじだけならピンとこないというか、実際俺も予告編を見たときはふ~ん、くらいにしか思ってなかったんだけど、これ福島第一原発事故のお話でしたね。作中では製鉄所ってことになってるし設定上は確か1991年ということになってたけど、まぁまず間違いないでしょう。あの事故の後、諸々全てを含めたあらゆる意味での関係者が先に歩き始めたのかどうか、先にビジョンがあるのかどうか、を問題にしている映画だと思いましたね。そして本作で面白かったのはそのモチーフでもある原発事故を乗り越えてさらにさらに先へと生きていこうという意志がある一方で、それと同時に強烈な郷愁のある映画でもあったところだった。
作中の時間設定が91年みたいなんだけど、本当にその頃を感じるような溢れ出る90年代臭が凄かったですよ。多分、岡田磨里は俺よりちょい年上くらいで10代半ば、まさしく本作の主人公たちの年齢と同じくらいの時に90年代に突入して世紀末が20代半ばくらいの人なんだろうなと思いますね。だって本作にから匂い立ってくる90年代っていうのはいわゆる時代考証的なものじゃなくて監督が直接的に影響を受けたであろう当時の作品とかがモロに表れてるんですもん。たとえば列車のシーンなんかは野島伸司の『未成年』だし同脚本家の『高校教師』的なリビドーも感じるし、登場人物の関係性では豊川悦司が主演した『青い鳥』のネタとも若干被るところもある。あとは特定の作品というわけではないけど本作のあらゆる意味で閉塞的な舞台設定も非常に90年代の作品ぽい。その90年代への憧憬と、実際に90年代ドラマみたいな節々の台詞の臭さとかは失笑してしまうところもありつつなんだが、しかしそこから抜け出ようともする未来志向と共にエモいパワフルさを生んでもいると思うんだよな。
まぁそのエモさっていうのも、ていうか「エモ」というのは概してそうなのだろうがほとんど力業みたいなところがあるのでノレるかどうかは大分好みがあるとは思うんだけど、でもしかし中々いいもん観たなという気持ちにはなれましたよ。90年代的っていうなら主題歌が中島みゆきで思春期の少年少女が被写体というのもそのまんま持ってきましたという感じだ。
だけど上記したように、確実に一つのターニングポイントとなる福島第一原発事故と憧憬の90年代を重ね合わせることによってより生々しさが増している作品になっていると思った。もう魂をそこに置き忘れてきたのかよと思うほどにめちゃくちゃ90年代臭いんだけど、作中の台詞にもあるように臭いということは生きているということでもあるのだ。良かったあの頃の匂いを思い出しながらも、今生きているお前の臭さは今の臭さだろうと、そういう映画なのだと思いましたね。そしてあの事故からも、もう10年以上が経っているのだ。
なかなかいい映画でした。もうちょい話題になってもいいんじゃないかと思う。
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