ソウキチ

エンパイア・オブ・ライトのソウキチのレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
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いきなり当たり前のことを言いますが、私は労働とそれにまつわるコミュニティがはっきりと嫌いです。「労働なんかやめて日がな一日ドラマや映画ばかり見て過ごしていたい」と常々思っています。そんな考えが頭を過ぎると同時にこうも思います。「もしも社会に属することから逃げてしまったら、そもそも映画はこんなに面白いのだろうか」「人間関係のヤダみも嬉しみも実人生で知っているからこそ映画に涙できるのではないか」と。

主人公のヒラリーは「映画」の一番近くで働いているのにも関わらず、今ではほとんど映画を観ていません。否、過去のトラウマや性的抑圧からコミュニケーション不全に陥っている彼女は、映画を「観ない」のではなく「観ることができなくなっている」という方が正しい。

そんな中で彼女が出会うのが、人種差別によって迫害されている青年。お互いに生き辛さを抱える二人が出会うきっかけになるのが映画館というロケーションというのがミソ。彼と出会ったことでコミュニケーションを取り戻していく彼女が終盤、急ぎ足で劇場に駆け込み映写技師に放つセリフが泣かせます。

なのでこれは歳の差カップルの恋愛映画では決してなく、映画が観られなくなっている女性が、映画を観られるようになるまでの話です。
だからこそ、日々の生活から逃げるようにしてスクリーンの前にいる我々の心を打つ映画になっていました。

映画とは、人生という劇場の暗闇の中で踠く者だけに許される光。彼女がその光を取り戻していく過程をライティングでみせるロジャー・ディーキンスの円熟の撮影がすばらしい。

さて、このレビューで何回「映画」って言ったでしょうか。おそらく劇場で終映したらすぐさま某Dプラスにて配信されることでしょうが、これを配信で見るのはめっちゃナンセンスですよ。あとスピリチュアルやバズを追っかけるだけではきっと映画なんてその人にとって何にも面白く映らないよと映画アクティビストに伝えておくれ。
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