カラン

彼女のいない部屋のカランのレビュー・感想・評価

彼女のいない部屋(2021年製作の映画)
5.0
ネタバレしないでください、みたいなメッセージが。好きな映画人なので尊重しましょうかね。。。しかし、原題について語るのは問題ないだろう。”Serre-moi fort”、しっかり抱きしめて、であるし、その語感のままの映画である。繊細ではあるが。難しい話ではない。

ネタバレしないでくださいと言われると、小さい頃に見た『クライングゲーム』のコピーを思い出す。今観たら『クライングゲーム』はどうなるのかは分からない。しかし、本作は明日観ても、来年観ても、何度でも楽しむことができそうだ。


☆閑話

我が家は映画を観ていると必ずインターミッションがはいる。で、その休憩中に一緒に観ていた嫁に話しかけまくっていると、しばらく、わっと泣き出し始めた。聞くと、素晴らしいぃ、のだと。今年観たなかで1番になるかも、とまで言うので、じゃあ、何が2番になるんだ?と聞くと、『わたしは最悪。』(2021)だと。ほほ〜う、嫁、なかなか立派な連想をするようになったな。で、嫁が仮眠を始めたので、私はパールマン&ジョン・ウィリアムズを4、5曲聴いてみた。シンドラーのリストとかニューシネマパラダイスとか。休憩というかフリータイムが長いのは各人それぞれの仕方で集中力を増幅するためである。



☆話の筋を話さないで、映画を説明すると〜

①擬似クロスカット
クロスカットというのは、2つ以上の異なる場所で《同時に》起こっている出来事を《順番に》表現する編集法である。映画は、リールに巻いたフィルムの送り出しのように、現実には線形的に時間が流れていく。クリストファー・ノーランはクロスカットが得意で、あっちをカットしてこっちに繋ぎ、大きな出来事を俯瞰しないで、細部を描きながら、独立したシークエンスに横の繋がりのネットワークを予感させる。

この映画のあっちとこっちは、そのどちらかが今は実在しない領域なのである。過去の事実のフラッシュバックであるのか、そもそも存在しない幻覚なのか。したがって本作のクロスカットは見せかけのクロスカットであり、どちらかの側かあるいは両方の側が、クロスカット的な《繋がり》を望んでいるのである。それはつまり、愛、である。

そのような彼岸と此岸の擬似的なクロスカットによって、2つの領域を極限的に近接させながら、クロスカットを壊すことになるほどに、異なる領域を同じ単一のフレームの中へと定着させる。そして、それだけをストーリーテリングの方法とする。その結果、生と死の区別が揺らぎ、あなたはいないのにいる、という愛の情景が映画に流れだし漂い続けることになる。

②幻覚フラッシュバック
幻覚とフラッシュバックの混同を決して恐れないし、混同の弁解もしない。愛する人を誰かと間違えるのは愛が足りないのだと、人は言うだろう。しかし、愛が高ぶる時に、そこにいない人をそこに見出してしまうのは普通のことだということも、きっと人は理解するだろう。鬱をぶっちぎるくらい、強く、混同すること。

③撮影
アメリカ製のデジタルカメラを使ったようである。真冬の深雪と春の雪解けした地面など、季節の風物を捉えるために3回に分けている。実際の撮影は期間として分断されており、劇中で相当な時の経過も示しながら、①と②で書いたように、どちらかではなく、むしろ溶け込ませて、区別できないくらいに、愛のエモーションを表出させるのは非常に繊細なモンタージュが必要になる。その素材を撮ったのは、クリストフ・ボーカルヌである。ジャコ・ヴァン・ドルマルやミシェル・ゴンドリー、ジャック・ドワイヨン等と組んできたDPで、本作の監督さんとはもう何度も組んできた模様。オーラなのかピンボケなのか、あいわいとあいわいの間のファジーな領域が際立っている。全編でavecゴーストをやる映画なのだ、ふさわしい表現であるし、デジタル撮影の新境地だろう。

④音
ゴダールはあるシーンの音だけを別のシーンに重ねる。本作も擬似的なカットバックから、単なる幻覚なのかフラッシュバックのシークエンスの音を、別のシークエンスに重ねる。かなり強力な繋ぎ方で、別の場面が同じ場面でのことに感じられ、かつ、それが甘さや痛みを増幅する。また、録音も見事である。ピアノをがっちり弾くシーンが多いのだが、ピアノの打鍵が生々しく、音像もしっかりしている。こういう細部が、本作のアクロバチックなストーリーを支えている。アルゲリッチの使い方も見事である。




難しいレビューを書いたかもしれない。しかし、本作は難しくない。それは愛の表現なのである。難しいことではなく、細かいところを感じられるならば、手の届かない遠いところにある何か特別なエモーションに触れる素晴らしい映画体験となるであろう。一緒に観た嫁はずいぶん感動していたが、何度か、解釈を焦らないように声をかけた。ゆっくりと観れば感動できる。これが何なのか決めつけたがり、映画の内容の謎解きに腐心する人は感動しない。しかし、こんなことは本作に限った話ではないのだし、本作は映画愛好者が映画愛好者のために作り上げた、ごく普通の、ラブストーリーの傑作である。





レンタルDVD。5.1chサラウンド。素晴らしい。
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