Fitzcarraldo

友情にSOSのFitzcarraldoのレビュー・感想・評価

友情にSOS(2022年製作の映画)
4.0
KD Dávila脚本、Carey Williams監督によるAmazonオリジナル映画。

大学卒業間近の春休み。卒業前の記念にフラタニティ(友愛会)ツアーを計画するRJ Cyler演じる黒人のショーンと、シェアハウスで一緒に暮らすDonald Elise Watkins演じる黒人のクンレ、そしてSebastian Chacon演じるラティーノ系のゲーマーであるカルロスが、彷徨った白人女が自分たちのシェアハウスでゲロして倒れてるというだけで一大騒動のゴタゴタに巻き込まれていく。

何てことない話から、現代社会に蔓延る不条理を炙り出す。


◯シェアハウス
白人女が白目で倒れている。
さらにゲロをまき散らす。

クンレ
「警察を呼ぼう」

ショーン
「やめろ!この状況を見てどう思うと?」殺人未遂で撃たれて逮捕だ」

クンレ
「撃たれて逮捕?」

ショーン
「YES」

クンレ
「俺たちは悪くない」

電話をかけようとするクンレの手を叩くショーン。クンレのスマホが白人女が吐いたゲロの中へ。

ショーン
「話を聞け!」

クンレ
「なんでだよ!」

ショーン
「悪いことをしてなくても見た目がマズイ!気づけよ!大麻臭い家で白人女が倒れてる。女の身体にはお前の指紋とDNA。カルロスは家にいてアリバイがない!」

クンレ
「帰ってきたら倒れていたと話せばいい」

ショーン
「警察はお前の中身が白人だと知らない!見た目で判断されるんだ!マイノリティの男3人が白人女を襲ったと思うぞ!ヤバイんだよ!」


家に帰って来たらヤク漬けにされた女が、ただ倒れてるだけなのに…なぜか超緊張した場面になってしまうアメリカ社会の現実が恐ろしすぎる。

どれだけの不条理の中で生きてきたんだ…なんてタフなんだ。

そして自分を省みて…何て甘くて、のうのうとぬるま湯の中で生活してるんだ!とタフネスが微塵もない堕落した自分に腹が立ってくる。

島国ならではの特性なのか…単に悠長なだけなのか…

このタフさを考えると、黒人に勝てる気がしない。

幼い頃からサッカーボールを蹴り続けた私だが…自分が全盛期の頃でも、黒人相手にサッカーでも勝てる気がしない。メンタリティが違いすぎる。生きるか死ぬかを身近に感じながら生活してる人間と、悠々と生きてる人間と戦って、勝てるものがひとつでもあるか?


◯シェアハウス

彼らには白人の女子の友達がいない。
白人の男の友達も1人しかいない。
そいつはママと蒸留所ツアーに…

ならば…とアジア系。

ショーン
「アジア系には警察も中立だ!」

そうなの?
コロナにより、アジア系もかなりヘイトクライムの餌食にされ狙われてたけど…


偶然、白人女を拾ったということにして病院へ連れて行くことに…

ショーン
「怪しまれない服に着替えよう。キャップとパーカーはダメだ。カルロスも」

カルロス
「土星パンツも?」

ショーン
「全身アウトだよ!クンレの服を借りる。臨時教師スタイルだ」

単に病院へ行くだけなのに、この警戒心。
どれだけ生きづらい世の中なのよ。

近くのコンビニに行くだけでも、黒人の方は正装して怪しまれないようにすると何かのドキュメンタリーでも言っていた。

クンレの服装を"臨時教師スタイル"というのは笑える。確かにそう見えるし、緊張と緩和をうまく利用している。


◯道

車のテールランプが壊れただけで…

ショーン
「俺たちは今夜死ぬ。絶対に死ぬんだ。警察に停められる。警察を呼んでも呼ばなくても死ぬ」

なんて世界なんだ…。まるで現実とは思えないほど大袈裟になっているが…これが現実に起こりまくってるから恐ろしすぎる。

探せば、いくらでも動画は出てくる。


◯森の道

ショーン
「俺は明日もお前らといたいが、お前らは白人に手を貸したがる。気をつけろよ」

ひとり、この場を去るショーン。



心肺蘇生法(CPR)のテンポを保つのにBee Geesのキラーチューンである"Stayin' Alive"のサビ部分を繰り返す。

Ah,ah,ah,ah, Stayin' Alive!

…と歌いながら心臓マッサージをするクンレ。


車はパトカーに追われている。

パトカーから何度も停止と呼びかけられたのに、無視して病院へ向かう一同。

これ…停まらなかったら、もっと酷い扱いされると思うのだが…現実なら。
しかも、その前に誘拐されたと通報してるわけだし、撃たれても仕方ないような…


高速を走行中に、後ろから来たパトカーの停止のアナウンスが聞こえずに、シカトした黒人のおばちゃんは、パトカーに横付けされるまでに全く気付かずに、なんで?か理由も分からずに停止したら、髪の毛を掴まれて羽交締めにされて、肩が脱臼したと、ドキュメンタリーのインタビューで語っていた。

実際の映像も流れていたが、凶悪犯を捕らえるかのような荒くて雑な扱いをしていた。そこには人権などない。女性だろうと高齢だろうと黒人には容赦しない。

それが現実。

なのに、ここではクンレを道路に捩じ伏せるも…すぐに動くな!とだけ言って、クンレから手を離して、どこかへ行ってしまう警官…なんで?

そこはI can't breath!でしょ⁈


警官
「今回は警告だけだ。帰っていい」

ん?随分と優しくないか?もっと聞き分け悪いイメージなんだけど…この程度なら、初めから電話すれば良かったんじゃない?と思えてしまう。

聞き分けが悪くて不条理だから、今まで四苦八苦してたわけでしょ?

その説得力のためにも、もう少し手荒にした方が良かったんじゃない?

急にあっさりとした印象を受ける。

実際は人権無視なほど徹底的にやるじゃないのアナタたちは…

警官
「意識のない人を見つけたら次は警察を呼びなさい」

いや…アナタ達が無茶苦茶やるから、こうなったんでしょうが!


ある短い動画を見て衝撃を受けたことがある。

道路で1人遊んでいる黒人の幼い子ども。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくると、車の陰にサッと身を隠す。そして、パトカーが通り過ぎると、何事もなかったかのように、また遊び始める。

子供が幼いうちから親は先ずこの事を徹底的に教えるのであろう。

この短い動画だけでも何だか胸が締め付けられる。

こんな世界を当たり前に生き、そして、ここから這い上がろうとするハングリー精神やタフさには、到底敵うわけがない。




◯大学のラボ

クンレとショーン。

クンレ
「警察が来たんだ。俺の顔に銃を向けた。何度も言った。"彼女を助けようとしただけ。悪いことはしてない"…でも関係なかった。顔を地面に押しつけられた。力強く。"もうダメだ。俺は死ぬ"と、そう思ったよ。もう二度と御免だ。あんな絶望を味わいたくない。何もできなかった。悪いことはしてないのに。お前が正しかったんだよ。肌の色で判断されると言ってた。あの場を去ったお前を責められない。あんな思いはイヤだ…」

この時の感情が溢れ出るクンレの芝居も素晴らしいが、黙って聞いているショーンのリアクション芝居もまた素晴らしい。これは自分も黒人だから。同じ経験を民族としてしっかりと我が血にと染み込まれているのだという、何とも言えない表情をするショーン。この表情こそが、黒人が延々と受け続けてきた不条理に対する答えなのではないかと思えてきて、もらい泣きしてしまう。

ショーン
「つらかったな…同情する」

クンレ
「いいんだ」

ショーン
「よくねぇよ…強がるな」

クンレ
「死ぬほど怖かった」

ショーン
「わかるよ…痛いほど」


このシーンの2人の芝居が堪らなく好きである。この年頃の熱い男の友情が懐かしくもあり、微笑ましくもある。今さら親友と面と向かって言う相手もいなくなってしまうほど歳を取ったから尚更か…。



◯シェアハウス

クンレ、ショーン、カルロス、ショーンが好きな女子。

4人でジェンガをやっている。

クンレが厳しい一本を抜き、ゆっくり上に置く。笑顔のクンレ。

パトカーのサイレンの音が聞こえる。

クンレの顔が一瞬で曇る。

ショーンが、クンレのその表情の変化を見逃さずに心配そうな顔で見つめる。

目が見開き、黒目を漂わせるクンレのドアップでEND!


クンレの顔が、相対するこちらの脳の中で強く印象付けられて、うまいウィスキーを飲んだような長いフィニッシュとなり、その後のクンレの状況を頭の中で想像せずにはいられない。

そのまま映画の時間が自分の頭の中で再生され続け余韻として残る。


『サブウェイ・パニック』(1974)、『殺人の追憶』(2003)など、顔の寄りで終わる名作には及ばないものの、アメリカ社会に興味ある方にはオススメしたい。

アメリカの出来事をよく知らないと意味が分からないかも…
Fitzcarraldo

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