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ヨーロッパ新世紀のベイビーのレビュー・感想・評価

ヨーロッパ新世紀(2022年製作の映画)
4.4
本作を観る前に“トランシルヴァニア”についつ調べておいた方が良いという、フォロイーさんからのアドバイスを受け、いろいろとネットで調べてみたんです。僕はトランシルヴァニアと言えばドラキュラ伯爵くらいしか知らなかったのですが、歴史を遡ってみるとかなり特殊な土地柄だということが分かって来ました。

ある時はオスマン帝国に従属していたり、ある時はオーストリア・ハプスブル帝国領だったり、またある時はオーストリア=ハンガリー二重帝国となったり、また現在ではルーマニア領だったりと、歴史に翻弄され、近郊のパワーバランスにより領主が変わるという少々複雑な場所に位置する土地のようです。

それに伴い人種の出入りも激しく、古くからはダキア人が居所しており、のちにドイツ系入植者やハンガリー人(マジャール人)が入り込み、ジプシー(ラマ族)なども含む多民族が集まる地域となってしまいます。

また、トランシルヴァニアはローマ皇帝・ハンガリー国王レオポルト一世の影響によりカトリック圏となっています。今作でも教会でシーラと仲間たち(ハンガリー人)がよくブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」を演奏していましたが、その事でもトランシルヴァニアの教会はハンガリー人(カトリック)の縄張りであることを主張しているように窺えます。

参考資料
https://www.y-history.net/appendix/wh1301-007_1.html

あと、四半期にも及んだチャウシェスクの独裁政権では徹底した言論統制下にあり、テレビもラジオも共産主義の宣伝番組か、偉大なる指導者のチャウシェスク同志が工場訪問して労働者を激励する等、チャウシェスク大統領の活動を報じるのみだったとのことです。

参考資料
https://www.pcf.city.hiroshima.jp/hpcf/heiwabunka/pcj203/contents/15.html

そういうことを知ると、どうしてあの住民たちが閉鎖的な考えになっているのかが分かり益々面白くなります。あと、原題である「R.M.N」の意味も知るともっと面白いのですが、あまり書き過ぎるとネタバレになってしまいますので、意味はコメント欄に入れておきます。

こうして、トランシルヴァニアのことをここまで知ることができたおかげでこの地域の特殊性を理解できたまま作品を楽しむことができました。予習を勧めてくださったフォロイーさんには本当に感謝です。

ここからは少し内容に触れるのですが、前述したとおり、トランシルヴァニアの地域には様々な種族が集まり、それ故に数多くの言語が飛び交います。この作品ではその言語を区別するために、ルーマニア語=白文字、ハンガリー語=黄文字、その他の言語(ドイツ語・フランス語・英国など)=ピンク文字、といった形で識別されています。

この字幕の色分けはとても分かりやすく、物語が進むにつれ徐々に多言語が絡み合う効果は加速行きました。導火線がジリジリと火種を運ぶように、閉鎖された思考がゆっくりと不安を募らせ、地域に棲む人々の心を狂わせて行くのが分かります。

混沌への道筋ともというのでしょうか。この閉鎖的なこの土地で閉鎖的な思考を持つ者たちが土着を求め、生活が脅かされるのを恐れ、よそから来る者たちを排除しようとする。この集団発狂へと向かう道筋が「福田村事件」を見ているようでした。

しかし「福田村事件」は100年前の話です。本作は“今”です。“今”のルーマニアの現状を描いているのです。“ダイバーシティ”とか“ポリコレ”とか言われている現代でも、こういった閉鎖的な土地がまだ根強く存在しているのです。きっとこの作品はこの現実を世界に知らせたかったのではないでしょうか。そのように考えると、人間の本質というものはいつの時代も変わらないのかも知れません。

その人間の怖さがピークに達したのは作品のクライマックスとも言える集会所での17分間。圧巻でした。じっくりと描いてきたトランシルヴァニアの閉鎖感と混沌する言語の縮図が、あの17分間に凝縮されているようでした。

それからラストまで突っ走る混沌と迷走。町のあちこちで聞こえる犬の遠吠えが、あの不穏な夜を演出していきます。

そして物語は混沌の行く末が待ち構えるラストへ…



その考察はコメント欄へ
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