すずや

CLOSE/クロースのすずやのネタバレレビュー・内容・結末

CLOSE/クロース(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

主人公の少年・レオが、仲が良すぎることをからかう同級生の視線を気にして親友とぎくしゃくしているうちに、その親友・レミは自殺を選んでしまう…というお話。
レミは割と物語の早い段階で姿を消していて、「レミを自殺に追いやってしまった自分」という考えに囚われたまま、それでも生きていかなくちゃならない…という残酷さが後半では描かれる。レオはレミとの仲を揶揄われるのを厭い、どんどんと”男らしさ”を追求する方向へと傾き、ホモソーシャルに馴化していくのがかなりしんどかったし生々しかった。多分この段階ですでに、レオはレミを傷つけていることに気づいていたはずなのに、レオは自分の行動と思いの矛盾に目をつむったまま(多分彼自身はその矛盾にだって気づいていなかっただろう)、親友と変わらず接しようとする。レミはレオに置いて行かれたことに激怒するけれど、あれはレミにとっての「満たされたコップの最後の一滴」だったんだろうと思う。何が決定打になるかは重要じゃなく、そこに至るまでにコップの中の水は溜まり続けて、その最後のさりげない一滴が決定打となっただけで…
そしてレミが死んでしまったあとの描写、レオが誰にもレミのことで苦しんでいることを明かさないのがすごく分かる…となった。『summer of 85』のダヴィドの死後のアレックスのように。それを明かせば、ホモソーシャルに馴化することで無視しようとしてきた一番弱い部分を認めることになるから。レオは「自分は大丈夫じゃない」と認められない状況にあったんだろうと思うし、それを繰り返していくうちに、「大丈夫じゃない自分」が取り出せなくなる。(割とどころじゃなく、ここが一番私にもあると思った) だから、この映画の結末で、レミの母親にやっと「自分のせいだ」って打ち明けられてよかったと思う。自分のアイデンティティに関わる部分で「自分は苦しい」ってことを認めることは、クィアのティーンエイジャーにとっては途方もなく難しいことだし、そこにひとつの救いがあるのは本当に良かったと思う。そうだよ、クィアでいることはすごく苦しい。私も中学や高校の頃を思い返すと、どうして思い返してしまったんだろうと思うほど嫌なことがたくさん思い出せてしまう。けど、あの頃は、「苦しいんだ」って思うことすらままならなかった。ある程度の時間を経て自分のアイデンティティがなんたるかを把握できるようになって、「苦しい」って言えるようになった。だから、今あの頃の自分のように、自分の苦しさすらもとらえきれない私の同類に、ひとりじゃないよって、苦しいって言ってもいいんだって言える大人でありたい。本当に難しいことだけれど…
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