耶馬英彦

失われた時の中での耶馬英彦のレビュー・感想・評価

失われた時の中で(2022年製作の映画)
3.5
 またしても悪名高きモンサント社が登場する。農家を苦しめて世界に遺伝子組み換え作物を蔓延させることで、巨額の利益を生み出しているコングロマリットである。ベトナム戦争の枯葉剤を開発し、米軍に提供していたのだ。最近ドイツのバイエル社に買収されたが、実態は何も変わらない。

 本作品はベトナム戦争の是非ではなく、枯葉剤散布という非人道的な作戦を追及する。あくまでも被害者の側、障害を持って生まれた人とその親兄弟たちの苦しみにカメラを向ける。
 ひたすら悲惨である。自分が死んだら社会が娘を養ってくれるだろうが、それでも娘が先に死んだほうがいいと、母親は正直に告白する。誰も彼女を責めることはできない。人生に何の喜びもなく、ただ苦しみだけがあるのだ。
 しかし終映後の舞台挨拶で坂田雅子監督は希望を失っていない姿勢を見せた。それは夫を亡くした喪失感から立ち直り、後に再び世の中と向かい合うことが出来るようになった経験に裏打ちされた姿勢だ。

 ベトナムは社会主義国だから役人の権限が大きい。権力は人間を必ず腐敗させるので、政権交代が起きない政権は必ず腐敗する。統一教会とズブズブの関係の自民党がいい例だ。ベトナムの役人は日本の役人よりもずっと腐敗していて、賄賂を渡せば大抵の正規の書類が手に入る。日本に来る留学生や技能実習生は日本語の能力が皆無でも、書類には日本語能力のランクが記されている。
 逆に言えば、賄賂を渡すことができない貧しい人は、福祉行政の恩恵を得られないということだ。国内に救いはない。かといって加害者たるアメリカは、奇形の子供の誕生と枯葉剤の因果関係を決して認めようとしない。国内でも国外からも救済されず、枯葉剤の被害を受けた人々は一生不幸な人生を送ることになる。

 アメリカとソ連のどちらが正しかったのかとか、資本主義と共産主義を比較したりすることよりも、人間の寛容についてもっと考えるべきだと思う。どんな政治体制でも、利己主義と独善と不寛容が蔓延していれば、弱い人、貧しい人は救われない。坂田雅子監督は立派である。ベトナムの枯葉剤被害者の子どもたちのために募金を募り、病院の存続と就学を支援する。
 日本の百貨店のニュースがあった。世界の高級時計展が日本橋三越で開催されている。1億円を超す腕時計が売れているそうだ。1億円あれば、ベトナムの子供が1000人、3年間就学できる。人類は金の使い方を間違えている気がする。
耶馬英彦

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