backpacker

1976のbackpackerのレビュー・感想・評価

1976(2022年製作の映画)
3.0
第35回東京国際映画祭 鑑賞第7作『1976』
【備忘】
男性優位社会に抑圧される女性の、自尊心とアイデンティティーを守ろうと苦悩する姿を通して、独裁政権という政治体制における女性の地位や、ブルジョワ層のノブレス・オブリージュとカトリックであることの二面性を活写する、人間ドラマ。
男性によって紡がれる政治・社会・歴史の資料は、総じて女性の視点を排除している。しかし実際は、世界の移り変わりに女性が全く関与しないことなど決してあり得ない。それを理解し周知することこそが、この映画の重要な意味なのだと思う。

アメリカの介入で社会主義政権が打倒された1973年のチリ・クーデターにより確立したピノチェト独裁軍事政権。その独裁政権が国を制圧して3年目の1976年が、本作の時代設定。
これは、監督の祖母が亡くなった年とのことで、祖母が感じていた悲しみや憂鬱から、当時のブルジョワ層女性が政治や社会に対して抱いていた思いを描くうえで、重要な背景要因として機能している。
また、生活困窮者が多い当時のチリにおいて圧倒的少数派であったブルジョワ層に属する"裕福な医師の妻"という設定の主人公・カルメンが、清貧を良しとするキリスト教の熱心なカトリック信者であるという、一種の矛盾。
貧者への施しのため協会へ足しげく通うカルメンの姿からは、恵まれた環境に身を置くがために支払った服従の代償、即ち、赤十字の看護師として身を立てるという夢を諦めたことへの後悔が溢れる。


南米の温暖な気候、海辺の別荘のリノベーション、青年の介抱、ピンクコーラルから赤よりの色へと移り変わるペンキの色……。
明るい配色と先を見通せない暗闇との対比が、平穏な実生活を突如激変させた秘密(教会の司祭から任された「傷ついた青年を匿う」という秘密)によって炙り出される、心の奥底に封じた自分自身の望みと目を背けていた独裁政権がもたらす恐怖との対比と美しくマッチしている。
最終的に、美しい日常と不安に苛まれる秘密とが融合し、孫娘の誕生祝を泣きそうでメランコリックな表情で迎えたことから覗き見える苦しみ。
美しさが際立たせた、暗黒面のようであった。
backpacker

backpacker