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アシュカルのbackpackerのレビュー・感想・評価

アシュカル(2022年製作の映画)
3.0
第35回東京国際映画祭 鑑賞第3作『アシュカル』

アラブの春のその先で……

本作は、アラブの春のきっかけとなったチュニジアでの民主化運動(通称ジャスミン革命)の発端である、26歳の失業者青年が県庁舎前で行った抗議の焼身自殺が、重要な前提となっています。
公式プログラムの作品解説からは細かな点まではわかりませんが、長き政治腐敗の果てに大変革を迎えたチュニジアの現代史を、頭に入れておいた方がいい作品だったのは、間違いありません。
国際感覚の足りない日本人でお恥ずかしいのですが、アラブの春全盛期の2010~11年頃、私はまだ高校生。世界のニュースに触れる機会は少なく、興味も薄めでした。
そのため、アラブの春の原点に、青年の焼身自殺やチュニジアのジャスミン革命はあったとは露知らず。
そもそも、アラブの春に対する認識も薄っぺらいので、どの口が言うのかですが……。


と言うことで、本作が非常に政治的な背景をメインテーマに取り上げている作品であったことがわかったうえで、内容の感想に移ります。
まず、この作品についてレビューする上では、"火の力"について考えを巡らせないわけにはいかないほど、火が神聖で妖しく美しいものとして登場します。
火で人を焼き殺す男は、恐ろしい連続殺人鬼なのか?はたまた、神の火の使い手として現れた奇跡の存在なのか?
作品終盤に向かい、この謎も炎の如く激しく燃え上がっていきます。
ただ、この点に対して誰の目にも明らかな答えは示されなかったと認識しています。
示されるのは、非常にスピリチュアルで、宗教色の濃い投げかけのみ。

この映画、政治問題がメインテーマだったような気がしましたが、重層的に語られる内容が宗教と社会道徳に重きを置いているので、なんだか複雑になってきました……。

どんな映画だったか、改めておさらいします。
作品のメインプロットは、年若い女刑事ファトマと相棒の中年刑事バタルが、不可解な連続焼身事件を追う、というもの。
「人体自然発火と無抵抗の焼死体」という極めて不思議な事件の犯人と、その背後の謎を解き明かそうとする、鉄板な刑事ものの作りです。
そこに、「前体制の腐敗の象徴として非難される警察組織を裁くために設置された〈真実・尊厳委員会〉による公開聴取」という切り口から、バタルの内部告発の行方というサブプロットが加わります。
身内を守ろうとする警察組織と、父親が真実・尊厳委員会のリーダーの為疎まれるファトマ&内部資料をバレないようリークしているバタルの対立軸による緊張感は、連続焼身事件はどう絡んでいくのか……。

個人的感想ですが、二つのプロットには、あまり強い相互作用性がなかった気がします。両方重厚なテーマなんですが、ミックスして描くには重過ぎて、結局どちらも描ききれなかったような印象を受けるからです。

イスラム教においては、自殺は禁じられ、火葬も一般的ではありません。よって、本作の描く焼身事件は、大変デリケートな部分を抉るものと想像します。
その上で、敢えて火及びそれを使いこなす存在に対し、神聖なイメージを付与し。しかもラストシーンでは、サクリファイスの儀式(?)を荘厳に活写し終えてしまう念の入れよう("飛んで火に入る夏の虫"って感じでしたが)。
うーん、馬鹿な自分じゃ飲み込みきれません……。監督のティーチイン等でより詳細な解説や意図を説明してもらいたいですね。

要するに、「二つのプロットの着地点がかなり謎めいている」上に、「それぞれが軟着陸しようとして空中分解気味だった印象を受ける」ことと「絡めたテーマが重すぎて、SFっぽい作風がマッチしきれていない」ことから、よくわからなかった、という結論です。
ちょっと難解すぎたなぁ。我が身の未熟を恥じるばかりです。
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