むぅ

怪物のむぅのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.5
「そう言えばクリーニング屋さんから連絡ないな」

時間がかかるので完成したらご連絡いたしますと言われた鞄、まだ連絡が来ないなと冒頭で気が散ってしまったのは『万引き家族』同様、安藤サクラがクリーニング店で働いていたから。是枝裕和はどうしても安藤サクラをクリーニング店で働かせたいのだろうか。そして坂元裕二は『最高の離婚』同様、細かさゆえに雑談に向かない人を、どうしても瑛太に演ってもらいたいのだろうか。
お二人に質問出来る機会があれば、その点について聞いてみたい。
「あのシーンは結局どういう事ですか?」
そういった質問はちゃんと自分で考えて自分の答えを出すから、答えが出なくても考え続けるから。

是枝裕和、坂元裕二、お二人の作品をいくつか観た事があると、相性が良さそうと思う人は多いのではないだろうか。
私もそう思った。
それと同じくらい怪物と"哀しさ"も相性が良いように思う。
そして数々の伝説の生き物とされるモノの中で、怪物が一番"人間味"を感じる気がする。
単にそれは平成の怪物とか令和の怪物とか、特にスポーツ選手が"怪物"とされる事が多いイメージからきているのかもしれないし、『フランケンシュタイン』や『怪物くん』の影響かもしれない。
ちなみに友人と今作の話をしていて怪物と哀しさの相性の話の前に
「怪物と湖って相性良くない?」
「むぅ、怪物と恐竜ごっちゃになってない?」
というやりとりがあった。
うむ、ごっちゃになっていた。
でも、このごっちゃ効果は今作の鑑賞において、プラスだった。


物語の舞台は湖のある街。
母と子、先生と生徒、子ども同士。
街で起こった火事をきっかけに、それぞれの関係が揺らぎ始める。
いや、揺らぎに気付き始める物語。


是枝裕和は子どもの大人な面、
坂元裕二は大人の子どもな面、
そこを描くのがとても上手い人だという印象がある。
ここは是枝裕和っぽい、ここは坂元裕二っぽいと思いつつ、お互いの強みを引き出し合い高め合っていると思った。
凄い。

一つ一つ、少しずつでもいいから自分の価値観を広げていこう。
主観という怪物、思い込みという怪物、噂という怪物、たくさんの怪物、それを創り出すのはいつも自分で、その怪物を愛される怪物に育てるのか、それとも自分が怪物に飲み込まれてしまうのかは自分次第。
数々の映画に出会って、その度に思う。
自分の価値観を大切にする事と、それを人に押し付ける事の違いを。
他人を理解する事が大変なように、自分を理解する事も大変だという事を。
自分が見ているものの中に、どれほど視えてないものがあるかという事を。


綺麗になって返ってくるのが楽しみな鞄、鞄と違ってクリーニングには出せない私の中の怪物たち。日々、自分で洗ってあげなくてはいけない。でも、こんな作品に出会うとクリーニングに出したように、こざっぱりする事がある。
かれこれ2週間以上クリーニングから返ってこない鞄と違って、2時間で返ってきた私の怪物は
「時間がかかるって、大体どのくらいですか?って聞けば良かったんじゃない?」
と、私に言った。
「そうだよね、ブツクサ言ってないで今からでも鞄ってどんな状況ですか?って連絡してみようかな」
と、私は言った。
「それが良いかもね、ちゃんと自分と向き合えるからたまには飲まずに観る映画も良いね」
と、怪物は余計な事を言った。
「でも帰りに氷結無糖買うんでしょ?」
「買うね」
「9%じゃなくて4%にしとけば?」
「うん、その代わり350缶じゃなくて500缶にするけどね」

脳内で怪物との会話を楽しんでいたら、一つ先の駅になっていた。
歩いて帰ろうと思った。
ついでに500缶2本買おうと思った夏の夕暮れ。
むぅ

むぅ