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マエストロ:その音楽と愛とのchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

3.5
う~ん... これはすごく評価に困る映画です😅近年量産される音楽伝記映画史上、最もリッチで質感の高い出来上がりながら、これまでで最も学びもなく感動もしない作品でありました😑バーンスタインとその妻フェリシアの屈折した関係性に焦点を当てながら、この二人の感情を表現するために演技、映像、音楽、編集と全てが完璧にかみ合っているのに、驚くほど心に刺さらないんよ。

カーネギーホールでのデビューから2人が出会うパーティーでのOn the Townの楽曲「Carried Away」までの冒頭10分程度の滑らかなシークエンスは鳥肌が立つほど圧巻✨映画の期待が膨らみます!個人的には正直バーンスタインよりガーシュイン派なのは秘密として、On The Townはバーンスタイン指揮の録音を部屋真っ暗で大音量で聴くのが至福の時という子供時代だったので(どんな変な子供よって話ですが...)、そりゃもう最初にテンション爆上がり。

が、しかーし、何が悪いのか2人に全然ケミストリーが感じられない。映画的には(史実上も)バーンスタインは男性にしか恋愛感情がないので通常の夫婦愛ではないがフェリシアは生涯の大切なソウルメイトであったという風に持っていきたいはずが、これがものすご~く表面的に浅く感じられる。いや人間関係だけでなく、各エピソード、それに伴う感情含め全てが薄っぺらい。何が悪いかって言われても、映画として全ての要素が完璧に思えるのだけれど...

対して恋愛関係にあった男性陣との関係性も全然深みがなく、触れ合ってドキドキなのか幸せなのか、それとも心が落ち着くのか、何も伝わってこない。ただ、前半で恋人を演じるマット・ボマーはかなりうまく葛藤や感情を表現できていたので、これってやっぱりゲイはゲイの役者さんが演じないとダメという当事者問題なのかな(この点についてはもう少し深く後ほど考察します)?

そう言われてみると確かに、冒頭の小部屋で、マット・ボマーとOn the Townをともに製作する振付師ジェローム・ロビンスを演じるマイケル・ユーリー(一瞬だけど普段の演技とのギャップ&存在感がすごい!)と過ごす様子が描かれる場面で、3人の役者さんの中で明らかにブラッドリー・クーパーだけゲイじゃないのが丸わかりでちょっと笑ってしまった。

よくある音楽伝記映画と違って、子供時代から晩年まで連続的に描くスタイルでなく、いくつかの年代に焦点を絞るスタイルにもかかわらず、音楽伝記映画でしばしば批判されるWikipediaや年表を映像化して表面的になぞっただけの駆け足感がひどかったです。だからといって、バーンスタインのすごい功績がわかるわけでもまったくもってない。もはやフェリシアが病気になってから後なんて、バーンスタインである必要がどこにもない(フェリシアの病気は自分が結婚生活をダメにしたストレスのせいだとすごく彼は生涯自分を責めていたようですが、そんな苦悩も特に伝わってこず)。

そうなんよ、この映画でバーンスタインがどんな素晴らしい音楽家だったか知ろうと思っている人は、すげぇがっかりすると思う。当然、バーンスタインの音楽で埋め尽くされるも、じっくり味わえる場面はほとんどなく、比較的長く演奏されるところも、なぜその曲を?その場面で?その部分を?その音源で?と疑問だらけで、これじゃあ全然彼の音楽のすごさが伝わらない。

っていうか、身もふたもなくそもそもの本映画のコンセプトからぶった切ると、バーンスタインほどの数々の功績がある人を描くのに、わざわざ生涯カミングアウトできなかった悲しいゲイであることばかりに焦点を当てる必要あった?しかも、そのことで家族も自身も不幸にしたみじめなオジサンとして。これってやっぱり、ブラッドリー・クーパーを含む映画界や一般の人々の、ゲイであることへの負のイメージ、他人の不幸ならぬゲイの不幸は蜜の味という感性が生んだ結果だと思うんよね。

もしどうしてもゲイであったことを強調したいなら、やはり当事者に譲るべきだったのでは。そうしたなら、バーンスタインがゲイであったことのプラスの側面、具体的にはソンドハイム(本作では妻が一言言及するだけ)、ロビンソンらLGBTQ+の男性たちと協力しウェスト・サイド・ストーリーなどをミュージカル・映画化し、アベンジャーズ集合のスーパーパワーならぬ"ゲイパワー・アセンブリ―!"で、ヨーロッパのしけた音楽であったクラシックをアメリカのポップカルチャーの中心に祭り上げ、さらにそうすることでクラシックの中心をヨーロッパからアメリカに移したという功績にも焦点が当てられたのでは。

6分に6年かけたというブラッドリー・クーパーの指揮は、もちろんすごいとは思うけど、正直「TAR」のケイト・ブランシェットよりは大分劣る気が。ただ、オスカーは功労賞の側面が強いのと、実在の人物なりきり系&音楽は評価されやすいので、多数ノミネート無冠を本人もネタにしている彼の主演男優賞はあり得そう。キャリー・マリガンも全体に素晴らしく、感謝祭の場面とかもすごいとは思うけど、熱演に比して前述の通り心には響かない。サラ・シルヴァーマンが意外に(失礼...)よかった。

映像、カメラワーク、場面の移り変わりは本当に素晴らしく、他にメイクなども含めアカデミー賞では特にテクニカル部門はかなりいい線に行くのでは。ささやかに挟まれるユーモアもセンスがよい。各年代に合わせその時代の映画風にしてるのもオシャレ。

まあでもやっぱり別の監督・役者さんでぜひ再度バーンスタインに挑戦してほしいなと感じた映画でありました。
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