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通信簿の少女を探して~小さな引き揚げ者 戦後77年あなたは今~のmasayaのレビュー・感想・評価

4.2
古書に挟まっていた、終戦直後の別府の小学生の通信簿。抜群の成績と「只、級友全員からの人望が足りない」と担任から指摘される見知らぬその少女の消息を追ううちに、日本、そして別府が辿った壮絶な戦中戦後史が露わになる。消えゆく記憶をギリギリで捉えた貴重な記録。

少女は優秀な成績を残しながら、同級生や地元の記憶には残らず、捜索は難航する。少女は誰だったのか?何処から来て、何処へ行ったのか?そこで浮かび上がる「戦後引揚者」の存在。

思わぬきっかけで現在地が見つかり、彼女が引揚者であったことが判明する。家族から伝えられる、彼女の壮絶な引揚の体験。10歳の子供がおよそ経験すべきでは無いほどの現実と、その数年後の通信簿の記載から受ける印象がリンクする。

別府は進駐軍のキャンプがあり、温泉があり、空襲を受けなかったことで彼らの有力な移住先になっていた。
敗戦で大陸に居られなくなった600万人の日本人は、着の身着のままで帰国するが、貧しさと言葉や風習の違いから差別偏見を受け祖国で孤立していく。彼女も同級生と馴染むことが出来ず、あるいは陰口を叩かれながら辛い少女時代を過ごしたのかも知れない。

引揚経験者からの証言がその印象を支える。山田洋次監督、加藤登紀子さん、別府出身のジャズピアニスト秋吉敏子さん。大陸からの引揚者はいずれも高齢化し、当時子供だった世代からの証言しか得られなくなっている。だが、ちょうど少女と同世代。彼女の経験を生々しく傍証する。

その印象ががらりと変わるのは、彼女に会ってからだ。
"通信簿の少女"は取材時87歳。コロナ禍の只中でもありなかなか面会叶わない。やっと出会えた彼女は、悲劇のヒロインの印象からは離れ、老いてなお才気を感じさせ、自信とプライドに満ちた女性だった。3つ子の魂百まで。通信簿の評価のまま人生の波濤を乗り切った感があった。屈しなかったんだ。

このドキュメンタリー、会う所まで行っていなければ、ただ戦争が為した個人の悲劇を映し出して終わったかも知れない。彼女が存命であり、言葉を聴けたことで、その人がどのようにその時代を受け止め、後の時代を何を思って生きたかを知ることが出来た。この生きた記録の価値は計り知れない。

通信簿の記載もさることながら、それが挟まっていた古本が彼女が愛読していたゴーギャンの私記だというのも人となりを示していて象徴的で良かった。ゴーギャンの求めた自由と、彼が経験した喪失と。それを匂坂監督が手に取った運命的なものにも惹かれる。


「彼女は何処から来たのか。彼女は何者か。彼女は何処へ行ったのか」
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