ポルりん

ウルトラQ 五郎とゴローのポルりんのレビュー・感想・評価

ウルトラQ 五郎とゴロー(1990年製作の映画)
3.1
「ウルトラQ」の第2話であり差別や偏見をテーマにした作品

あらすじ

伊豆淡島に現れた巨大な猿ゴロー。
そのゴローに愛情をそそぐ孤独な青年・五郎だが、巨大化したゴローのために盗みを働き…。
ゴローそして五郎の運命や如何に…


「ウルトラQ」とは1966年に円谷プロが放ったテレビ初のモノクロ怪獣特撮番組であり、「ウルトラマン」の前作に値する作品である。
当時は正月とお盆にそれぞれ公開される東宝の劇場映画でしか、怪獣をお目に掛かる事は出来なかったので、「ウルトラQ」の放送開始によって毎週怪獣を観ることが出来たのだ。
当時の特撮ファンの驚きと歓喜に満ちた表情が容易に想像できる。
とはいえ、製作当初は「ウルトラQ」は怪獣を意図して製作された作品ではないが・・・。

「ウルトラQ」はウルトラマンといったヒーローは一切登場せず、人類が英知を尽くして怪獣を倒すようになっている。
個人的にはこちらの方が好みなのだが、主人公が民間人という事で色々と無理がある部分が目立つのが少々勿体なく感じる。
まあ、それを改善したのが、次回作の「ウルトラマン」なのだが・・・。

予算としては1話約500万円近くの巨額の製作費を掛けていたらしい。因みに、当時は30分のモノクロ作品が約300万円、カラー作品で約350万円なので、普通にカラー作品より予算が上なのである。

オープニングタイトルは、

「ドー、カッ!!」

といった効果音から始まり、不気味な音に合わせ、「ウルトラQ」の文字が構成されていくものであり、不気味で不思議な世界観を視聴者に予感させるような演出を用いている。
因みに、左右二つのモニターを仕込んだ台の上に、粘土で書かれた「ウルトラQ」の文字が破壊されていく模様を撮影し、逆再生したものらしい。

オープニングタイトルが終わったら、石坂浩二の理知的で落ち着いたナレーションが入る。
当時は25歳だったようだが、とても25歳とは思えないもう何十作品もナレーションを経験したようなベテランの風格が声から滲み出ていると感じさせる落ち着いた素晴らしいナレーションである。


本作では、両親と死別し猿と一緒に育ったろう者の青年と巨大猿の心の交流をテーマとしているが、個人的には差別や偏見といったテーマの方がしっくりくると思う。

「ウルトラシリーズ」で差別や偏見を扱った作品といったら真っ先に「帰ってきたウルトラマン」の第33話「怪獣使いと少年」が頭に過る。
この話は、弱いものへの差別、異なる存在に対する差別心や集団心理の怖さなどを描いた作品であり、私が観た「ウルトラシリーズ」の話の中で最も衝撃的で考えさせられた話である。

少年が宇宙人と間違われていじめっ子から虐めを受けるといった話なのだが、この虐め描写がかなりエグイ・・・。
少年が食べようとしているご飯をいじっめっ子達はひっくり返し、それをゲタで踏み潰す。
少年は、悔し涙を浮かべて泥だらけの飯粒を集めるが、

いじめっ子A「その飯うまいかよ。」
いじめっ子B「宇宙人が泣いてらぁ~。」

更に飯粒を拾い集める少年の手を笑いながら下駄で踏みつけている。
いじめはこれだけに留まらず、少年を穴に埋められて笑いながら泥水をかけたり、犬に襲わせたりと目を覆いたくなるような悲惨な虐めである。
しかも、大の大人達も完全に見て見ぬふりをして、最終的には数で寄ってたかって攻めてきて、皆で石を投げつけたりするからタチが悪い。
主人公の必死の制止も聞かず、大人達が寄って集ってたった1人の少年に対して暴力行為に及ぶ姿は下手なホラー作品よりも遥かに恐ろしかった。
結果的に、それらの攻撃が原因で怪獣が出現するのだが、大人たちは我先にと逃亡をし主人公に向って、

大人「あんたMATなんだろ。早く怪獣を倒してくれよ。」

と言うのだが、主人公は

主人公「勝手な事を言うな。怪獣を誘き出したあんたたちじゃないか。」

と言い、怪獣から人々を守るはずのヒーローが怪獣に肩入れし、戦いを拒絶するといった事態になる。
最終的にはウルトラマンに変身し、怪獣を撃退するのだが、その際の怪獣の鳴き声が悲鳴のようなものであり、締め付けられるような気分になる。
また、撃退後にしばし呆然と立ち尽くすウルトラマンの姿を観るとやりきれなくなってくる。
最終的には差別をしたものが救われ、差別を受けたものは救われないといった形で物語は終わる。

この内容を子供向け番組で放送していたからびっくりなのだが、当時の子供達はこの話を観てどう感じたのだろうか・・・。
放送禁止用語もフルに使っているので、今では間違いなく放送出来ない内容ではあるが、こういった話こそ小学校の道徳の時間などで取り入れるべきだと思う。

とまあ、少々話が逸れてしまったが、「怪獣使いと少年」程ではないものの本作も差別や偏見を扱っている。

とある青年がろう者という事で恐らくは普段から暴力を振るわれており、近辺の村人からは「キチガイ」、「エテ吉」、「土人」と言った今では放送禁止用語になっている言葉を浴びせられている。
そんな青年が親しく接していたのが、猿のゴローであり、そのゴローが巨大化して逮捕された青年に会いに行くと言った話だ。

最終的にはゴローの好物であるミルクに睡眠薬を入れ、青年を騙してゴローに飲ませて解決するのだが、このシーンがかなり印象的であった。
街の人や警察官はゴローが眠りについたので満面の笑みを浮かべるのだが、それとは対称的に青年は悲痛な叫び声を上げる。
恐らくゴローが死んだのかと思っているのだろう・・・。

こちらの話も「怪獣使いと少年」と同じく差別をしている側は救われるが、差別を受けた側は救われない形で物語が閉じている。

物語的にハッピーエンドにやる気になればいくらでも出来るし、この先の展開を描けば必然的にハッピーエンドになるのであろう・・・。
それをあえて描かなかったのは、差別や偏見について色々考えて欲しかったのではないだろうか・・・。

今でも差別や偏見をテーマにした作品は製作されているが、昔ほど踏み込んだ内容にはなっていないと思う。
色々と大人の事情があるのだろうが、放送禁止用語や一部の視聴者やクレーマーなどに囚われているのでは、真に差別や偏見をテーマにした作品を製作する事は出来ないのではないだろうか・・・。
ポルりん

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