柏エシディシ

落下の解剖学の柏エシディシのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0
これは見事な映画だ。
フランスの雪深い山荘で男が転落死し、はじめは事故だと思われたが、やがて人気作家の妻の犯行が疑われる。
裁判を通して夫婦の秘密や確執が明るみになり、"真実"が錯綜する。
そして、裁判の行方は視覚障害の息子の証言に委ねられる事になるのだが……

一見よぉくある殺人裁判ものサスペンス(タイトルからしてオットー・プレミンジャーの古典「或る殺人Anatomy of a Murder」へのオマージュ)で、もちろんそれはそれで一級品の出来なのだが、本作の凄味はそれ以上のもの。
要は、人間というものは見たいものしか見えないし、信じたいものを信じてしまう。
正義や道徳は言わずもがな、それこそ映画そのものだってそうじゃないか!?という事。
この映画の巧みな構成と演出が、劇中の人物だけでなく、本来は神的な視点で物語を眺めている私たち観客の安易な解釈すら許さない。
映画が終わった後、おそらく観た人それぞれで顛末の受け入れ方へ違うだろうし、それぞれが自分の見方が正しい、と思う事だろう。
かといって所謂「羅生門」的な作為的な仕掛けではない、その自然さ、さりげなさ。上手い。
そして、本作のアプローチは映画というメディアだからこそ出来得るもの。本当に見事だ。
でも、実際の現実って、そうなんだよな。まさに劇中で登場人物たちが語る様に。
この映画を観る事自体が、その考察と実験。まさに解剖学。
SNSや新しい世代のメディアの在り方、異なる言語の人々が隣り合わせてに生きる欧州やこれからの世界の在り方。そこまで射程に入れた新世代の傑作だと思う。

観ている時も観た後も、受け取る観客の中の人物像が変わる主人公を演じたザンドラ・ヒュラーが凄い。
「ありがとう、トニ・エルドマン」の時と全然違うアプローチで驚いた。
ちょっと憎たらしい検事役のアントワーヌ・レナルツも良かった。「BPM」の時とこちらもイメージ全然違う。
あと、Savegesのジェニー・ベスが端役ながら良い役を演じている。「パリ13区」も良かったし、そろそろ映画でも代表作を。
応援してしてます。
そして、スヌープことメッシくん!ちょっとドキドキしてしまうあのシーンは演技なんだそう!名優犬!ラストカットも素晴らしい!
柏エシディシ

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