シチリアの美しい風景を舞台にしたイタリア美少年のBLものだとタカをくくって観ていると、とんでもない過酷な現実とこの上もない悲劇を喰らわされる衝撃の社会派映画だ。
いや、本作は中盤過ぎまでは、一部、田舎まちの出来の悪い不良にありがちな、ジャンニに対する下劣なゲイいじめを除けば、確かに美しく牧歌的なボーイミーツボーイものとして最上のルックを呈している。
【以下ネタバレ注意⚠️】
ジャンニは、実の父親を失い、母の愛人フランコには馴染めないままバイクの整備工の仕事をあてがわれ、最初から暗い影を背負っている。
それに対して、ニーノの方は、花火師の父が重い喘息を患っているのが心配の種だが、両親の愛情も深く、常にわいわいと賑やかに食卓を囲む大家族にも恵まれている。
食事に誘われたジャンニが「良い家族だね」と羨ましそうに言うように、絵に描いたような幸福な家族だ。
冒頭、ニーノと幼い甥(姉の子で一緒に暮らしている)トトが、猟銃使いの伯父に従って、ウサギ狩に興ずるシーンから始まる。これも、「大家族」の親密さをよくあらわしている。
一方、ジャンニの方も、フランコとは不和だが、母とは強い絆で結ばれている。
ところが、終盤になって、この、いかにも「美しい絆」で結ばれているはずの「家族」たちが、一斉に2人に対して牙をむきはじめるのだ。
2人の仲が進展していることを悟ったジャンニの母が、ニーノの家に電話して、「息子さんが不幸にならないように」と2人を別れさすように言外に示唆する。
これを聞いたニーノの父は、それまで仕事ぶりを高く評価していたジャンニを罵倒して追いやり、ニーノをこれ以上ないほどの強さで高圧的に尋問する。
尋問の場所が2人がはじめて愛を交わした倉庫だというのも、その真実を決して口に出せないことも、辛過ぎる。
姉も「トトに何かされなかった?」と問い詰める始末。
一方、ジャンニのもとには、ニーノの伯父(ジャンニが一時働いていた採石場の経営者)が運転する車に乗って採石場の職員が現れて「コーヒーでも飲もうや」とジャンニを誘い出し、地元の不良も引くほどの酷いリンチで痛めつける。
ヤクザも顔負けの殴る蹴るで、文字どおり情けも容赦もない。
(ここで、フランコが甲斐甲斐しくジャンニを手当てするのが意外ではあった。)
こういう場合、どんなドラマでも最低1人は主人公の「味方」や「理解者」が現れて、解決のいとぐちを見せるのが普通だが、本作では、誰も、少しも、彼らに「理解」を示そうとしないのだ。
唯一、ニーノ家の敷地にキャンピングカーを構えてアメリカかぶれのヒッピー暮らしをしているチッチョ(姉の夫説あり)が、ニーノに「ずっと秘密にさえしておけば自分を保てる」とサジェスチョンするが、これもいささか不得要領な助言としか思えない。
だが、それを聞いたニーノは、何か吹っ切れたのか、ワールドカップでイタリアが優勝して狂喜する人びとで溢れかえる街中をものともせず、恋しいジャンニに会いに行く。
お祭り騒ぎの群衆と、「孤独な2人」の見事な対比。
2人は、「いつものように」遊び慣れた美しい川で、魚のように泳ぎ、誰はばかることなく頬を寄せあう。
「美しい牧歌的なBL」の再起だ。
と、ホッとする間もなく、
2発の銃声。
てっきり、2人のどちらかが自ら死を選ぶか、心中するか、だと思っていたのに‥‥
暗転してテロップ。
1980年、2人が殺されたこの事件を機に、イタリアでは初めて同性愛者のための支援団体が設立された‥‥
鑑賞前からそれとなく耳にしていたが、この物語が実話だった(シチリアの町の名前から「ジャッレ殺人事件」と呼ぶらしい)、ということを突きつけられる衝撃はあまりにも大きい。
最初は、「田舎は怖い」とか「イタリアのマチズモが害悪の根源だ」とか軽く思っていた程度だったが、1970年代のシチリアの現実は、そんな甘いものではなかったのだ。
子どもたちを守るべき、親や家族たちも、こぞって「同性愛者」とレッテルを貼って、若い命を、比喩などではなく本当に「殺して」しまっていたのだから。
昨年は、是枝裕和監督が「思春期前」に芽生えた、ほのかな相愛を丹念に扱って、クィアパルムの褒章に輝いた。
本作も、それに十二分に比肩する、LGBTをめぐる社会に対する「告発劇」として、この分野の古典と見なされるようになることだろう。
《参考になるサイトとレビュー》
ジャンニ役のサムエーレ・セグレート君のダンス動画
Official World of Dance 2023.3.10
m.youtube.com/watch?v=84wyqbwBRyE
※他にtiktokにも多数投稿あり
シチリアサマー・事件(実話)の内容
Japan Luggage Express 2023.11.24
www.jluggage.com/blog/entertainment/movie-fireworks-1982/
【映画感想】シチリア・サマー【後半:ネタバレあり】
Dr.Hawkの映画三昧 2023.12.5
drhawkmovie.com/stranizza_d_amuri/
『シチリア・サマー』ネタバレあらすじ感想と評価解説。LGBT映画として実在の少年たちの初恋ラブストリーをジュゼッペ・フィオレッロが描く
からさわゆみこ 2023.12.17
cinemarche.net/lgbtq/sicilysummer-yumi/
「シチリア・サマー」an ode to life, freedom and LOVE~生命の輝き、シチリアの光、花火の煌めきを楽しむ映画
vincent-tenihore 2024.1.5
note.com/vintenihore/n/n9170588e194f
《追記 2024.3.11》
2023年11月から 2024年2月にかけて、同性愛者への抑圧を描いた、実話ベースのヨーロッパ映画、下記3作が相次いで公開された。
2023.11.10公開『蟻の王』
(イタリア、2024.3.10レビュー投稿)、
2023.11.23公開『シチリア・サマー』
(イタリア、2024.1.29レビュー投稿)、
2024. 2. 9公開『Firebird ファイアバード』
(エストニア/英、2024.2.11レビュー投稿)
3作のスコアによるランキングは下記の通り。
蟻の王 > シチリアサマー > Firebird
(4.5) (4.3) (3.3)
また、同時期公開の
岸善幸監督『正欲』
(2023.11.10公開、2024.2.29レビュー投稿)
は、やや位相が異なるが、スコアは、2.5 とした。
《参考になるレビュー追加 2024.3.24》
Commentarius Saevus 2023-12-24
悲劇的な事件の中で当事者の主体性を描くには?~『シチリア・サマー』(ネタバレあり)
https://saebou.hatenablog.com/entry/2023/12/24/213351