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アイアンクローのLCのレビュー・感想・評価

アイアンクロー(2023年製作の映画)
4.8
良作にも程がある。

痛い場面が苦手という人でも見られる。私らしく、そこは無視できない素敵な点。
その上で、盛らずに描き切ったな…!という衝撃も凄まじい。
本作は、プロレスではなく、実在する家族の物語。

アイアンクローに関して。
握力だけで相手の頭に指をめり込ませる、その威力を持つ手をそう呼んだわけだけど、件の家族がその握力で掴んだものは相手の頭以外に何であったのか。その手は触れる全てのものを潰してしまうのか。
作中リック・フレアーが試合後に髪の色を赤く染めて登場する場面があるけれど、あれはちゃんと顔を拭いて来ている。試合中アイアンクローを受けて、顔が真っ赤に染まる程に出血している。でも、それを髪を赤く染めた試合後の姿で描いている。そういったひとつひとつの描写の上手さのおかげで、苦手意識のある人でも見られる技、作品になっていて、とても親切。
このアイアンクローで、父親は栄光を掴めなかった。そして、息子たちに託していく。

父親は、家族を守りたかった。1人の男として、誰にも傷付けられないように強さを求めた。しかし自分は強さの象徴(チャンピオンベルト)に届かなかった。だから、息子たちに、強くなってほしかった。強くなれば、誰もお前たちを傷付けることはできなくなる。
その思いの強さに、息子たちは応えたかった。作中でも、家族について、仕事(プロレス)について、文句を言う場面はない。彼らはまっすぐに受け止めて、家族も仕事もきちんと愛して、だからこそ苦しんだ。「エリック家」に傷を付けたくなかった。
そして、次の試合で負けたら… とか、復帰できなかったら… と恐怖していく。傷付けたくないのに、自分が傷を付けてしまうかもしれない。

次男症候群の彼の側から離れなかった彼女は、とても辛かったと思う。
プロレスってどんな仕事?という質問をする人だったけれど、彼女なりに側に居ることで目の当たりにするものも多かった筈で、彼だけでなく、母親のフォローまでして、その過酷さに耐えた。
母親だって、辛抱強かった。真面目に信心深く生きていれば、きっと救われる。母親なりに、家族の幸せを諦めずに度重なる不幸に耐えていたわけで、張り詰めていたものが決壊する瞬間がないわけなかったのだ。
家族総出で、それぞれのやり方で現実を受け止めて、それぞれに苦しみ抜いて、その果てに何が訪れたのか。

次男さんは試合後のリック・フレアーに、対戦相手としてきちんと認める姿勢を見せてもらえて、己の手に残る彼の赤を見て、自分は決して弱くなかったんだとやっと自信を持てた。
そうだ、ちゃんと強いんだ。愛するものを守れる強さは、もう備わっていたんだ。
では次男さんが何故仕事でパッとしなかったかといえば、様々な要因がある中で、作中分かりやすく描かれていたものがある。
彼は台詞を何度も噛んだり、サインを求められた時の受け答えが下手だったりした。口達者でない者は、人気を得ることが難しい。応援したい!と思ってもらえてナンボの仕事だから。
無口なヒールになる道もあったかもしれないが、その道で主人公になるのはやはり難しい。無口なヒールは誰かの後ろに居て凄んでいるから、成り立ったりする。
父親はちゃんと次男さんの実力を確信していたからこそ、主人公として推したかった。
その父親は、現役時代の活躍からヒールとして人々の記憶に刻まれている。作中の彼の姿は、観客がリングの中に見ていた彼の姿なのである。そういう意味で、盛っていないのだ。
家族の安定した未来を、収入を、安全を確保する為に、音楽は諦め、恐れられ、時には嫌われる、その道を選んだのである。
本作で描かれた姿は、あくまでリングの中に観客が見ていた姿なのだが、一切の妥協なくヒールとして描き切ったということなのだ。

作中、息子さんの1人がWWFに行ったことが言及され、エピローグとしてエリック家がWWEで殿堂入りしたことがわかるが、WWFはWWEの旧名である。他の世界的な組織とかぶるということで名前が変わっただけで、ずっと世界一のプロレス団体だ。
そして、この殿堂入り、最低でも1回はWWEに関わっていないと、どんなに功績を納めていても選抜対象にはならない。
彼は、世界一の団体に家族が認められる道筋を作った。家族を世界一に連れていけたのだ。
その道は、兄弟みんなで支え合って進んできたものだ。みんなの命をのせている道が、繋がった。

本作公開前にコメントを寄せた人が様々いる中に、棚橋弘至さんという方がいる。
現役のプロレスラーであり、自身が所属するプロレス団体の社長でもある。
その方が、「受け身をとり続けることができますか」とコメント内で投げかけている。
このコメントの通りで、エリック家の物語を追う中で、スカしたり、避けたり、背中を向けたりせずに、ひとつひとつを真っ正面から受け止め続けることができるかどうか、とても大切な問いかけであったと感じる。

余談だが、次男さんの息子さんは2名ほど日本でプロレスラーをしていたことがある。
リングネームには、どちらも「フォン・エリック」の名を使用しており、トレーナーの1人は本作の次男さんである。
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