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異人たちのchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

異人たち(2023年製作の映画)
4.5
山田太一の小説「異人たちの夏」を元に「WEEKEND/ウィークエンド」で知られるアンドリュー・ヘイ監督が、Z世代のLGBTQ+の孤独という社会問題を切り口に、人とのつながりの重要性を訴えた意欲作です。個人的にはアンドリュー・ヘイのリアルさ・生々しさみたいのが好きなので、ファンタジー小説を基にした本作は少し肩透かし感がありましたが、それでもジーンと心に響く美しい作品でした。ただし、本作を理解するには"予備知識が必須"なのでそこらへんはネタバレにならないように注意を払いながらこのレビューで解説していくよ。

ロンドンのアパートの27階で暮らす中年の脚本家でゲイのアダム(アンドリュー・スコット)が主人公です、ある日、同じアパートの6階で暮らすハリー(ポール・メスカル)という若い男性が日本製のウィスキーを片手に酔っ払った状態で寂しいから一緒に飲もうとアダムの部屋に訪ねてきますが、アダムは拒絶しドアを閉めてしまいます。ハリーの容姿が自分の父親に似ていたため、翌朝アダムは彼が12歳の時に亡くなった両親のことを思い出し、彼らを題材に執筆を開始し、物思いにふけると...

テーマ自体は全ての孤独な人々(原題All of Us Strangers, 無数の星)がつながりを持つこと(=星座になる)の重要性・美しさという普遍的なものなのですが、それをZ世代のLGBTQ+の孤独という社会問題を題材にして描いているので、まずはこの背景について知識が絶対必要になります。

アダムとハリーは同じゲイでも世代が一回り違っていて、このことが映画の中で何度も何度も強調されていますが、これも知識がないと落としてしまいます。アダムとハリーそれぞれの両親の息子がゲイであることの受け止め方の違い、アダムの挿入行為に対する恐怖(AIDS)、アダムがゲイとして生きることを不安視する両親に「今は時代が全然違う」と繰り返すくだり、クィア(アダム世代にとっては侮辱的)とゲイ(ハリー世代にとってはむしろゲイのほうが侮辱的)という言葉の印象、クラブで使うドラッグの違い(アダム世代はコカイン、ハリー世代はケタミン)などなど。また、アパートの階層で年齢の違いを表現する手法はアンドリュー・ヘイの特徴で、HBOドラマのLookingでも使われています。

イギリス映画「パレードへようこそ(2014)」を思い浮かべるとわかりやすいですが、アダム世代はAIDSやそれに伴う偏見で大変な時代ではありますが、そのことでLGBTQ+の人々が強く結束していました。ところがハリー世代はそういった大きな困難がないことで、仲間同士の結束が失われています。若い世代のLGBTQ+の人々が孤立化するのにはもう一つ要因があり、それが出会い系アプリの利用です。アダムは劇中でクルージングをしますが、ハリー世代は間違いなくGrindrでしょう。つまり、アプリで人を見つけて家に呼ぶことで事が済んでしまうので、LGBTQ+の人々が集い交流するゲイバーやハ○テ○場に若い世代は行かない、あるいは行くことに強い抵抗感を持つようになる(ハリーの一人宅飲み、宅ドラッグ)。こういった社会的背景がハリーの孤独には隠れています。

対するオジサン代表のアダムの孤独はそういった社会的背景ではなく、もっと個人的なところにあります。それは、カミングアウトする前に両親が亡くなっているということです。父に似たハリーをみて両親のことを想ったアダムは、両親に自分がゲイであることをどう受け止めてほしかったかということを考えます。そして訪れるあの頃の父親との抱擁は、もう号泣必至です(Aftersun/アフターサン的なあれよ)。亡くなったはずの両親との不思議な再会を通して孤独な子供の頃の心が癒されたアダムは、その温かな愛と抱擁をハリーに返すことを決意する... ここからは観てのお楽しみで。

アンドリュー・ヘイの過去作にもみられるスタイリッシュな映像の美しさは、本作でさらに磨きがかかっています!アンドリュー・スコットのある種の瞑想のような演技もとても印象的で素晴らしかったです。劇伴の幻想的かつどこか怪しげな雰囲気も映像によく合っています。

まあねぇ、だからって突然酔っ払って訪ねてきた若者を部屋に招くかと言われれば...(笑)。皆様だったらどうされますでしょうか?

2023年新作お気に入りランキング(1/4暫定)
1位:The Holdovers
2位:パスト・ライブス/再会
3位:哀れなるものたち
4位:キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
5位:バービー
6位:AIR/エア
7位:異人たち(本作)
8位:落下の解剖学
9位:American Fiction

2023年新作のまとめはまた後日にさせてください😊
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